禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

【素玄居士云く】(両堂 猫児を争うのに対して)五歩あるいは三歩

禅のパスポート NO14  

無門関 南泉 斬猫 (なんせん ざんみょう) 第十四則

【本則】中国池州 南泉山 普願(ふがん)老師の禅院で、東西に分かれている僧堂の何百人の求道者たちが、倉の大切な米穀をネズミから守る一匹に猫をめぐって、所有権の罵りあい、大喧嘩になった。

何の罪トガもない猫の奪い合いに、この求道者たちを仕切る南泉老師。やむをえず、包丁片手に登場して、猫の首を捕まえて、吊るし上げて云った。「サア・・誰でもよい、一句、道え。そうすれば猫は助ける。云えないなら、ぶった切る」・・と。

この禅機ハツラツ・・的なきに矢を射れ・・とのご宣託に、並み居る大衆(求道者)、平常は無所得(むしょとく)即無尽蔵(むじんぞう)の悟り顔で、托鉢したり経を上げたりしているのに、黙り込んでしまった(何か、下手な芸当でもして猫の命乞いをすればいいのに、南泉の禅・・血滴々とホトバシル)・・やむなく南泉・・スパリと猫を斬った。

南泉は斬猫して公案をまどかにしたのである。(この公案、猫の霊が憑いている)

 

その夜、帰ってきた趙州が、この話を聞いて、草履を頭にして出て行ったのは、まことに自然の行為。猫もなければ、南泉もない。思慮、分別が微塵もない無造作の働き・・さすが趙州の独り舞台だ。狗子(くす)佛性の公案=「無」と同じで、さらに活発な、天衣無縫である。

この辺の味が禅だな・・(ここまで素玄居士の見解ソノママ)

 【本則】南泉和尚 ちなみに、東西の両堂 猫児(みょうじ)を争う。

  泉、すなわち提起して云く「大衆(たいしゅ) 道(い)いえば、即ち救わん。

  道(い)えずんば、即ち斬却(ざんきゃく)せん」

  衆 對(こた)うるなし。泉 遂に是を斬る。

  晩に趙州 外より帰る。泉 州に挙示(こじ)す。

  州 すなわち履(くつ)を脱して頭上に安(あん)じて出(い)ず。

  泉云く なんじ、もし在(あ)らば、すなわち猫児(みょうじ)を救(すく)いえん。

【素玄居士云く】 

(両堂 猫児を争うのに対して)五歩あるいは三歩。

(趙州の活作略に対して)火事だ、火事だ、お寺が火事だぁ。

        エッサッサ。エッサッサ。

 

【無門曰く】趙州の草履を頭にのせて出て行った禅機を喝破したら、南泉の令「道いえば斬らず」の禅機も納得できよう。

草履なんかに目をつけていたら・・もう駄目だ。

アブナイ、アブナイ。お前さんまで斬られるぞ。

  【無門曰く】しばらく道え、趙州 草鞋をいただく意、作麼生(そもさん)。

   もし、者裏(しゃり)に向かって一転語(いってんご)を下(くだ)しえば、

   すなわち南泉の令(れい)、みだりに行(ぎょう)ぜざることを見ん。

   それ、あるいは未だ然(しか)らずんば、険(けん)。

 

【頌に曰く】趙州が、もし、その場にいたら、逆に、南泉の包丁を奪い取って、南泉が命乞いしたことだろう(無門、南泉の命乞いの場を・・一目、見たくてたまらないようだ)

  【頌に曰く】趙州 もし在(あ)らば、倒(さかしま)にこの令(れい)を行(ぎょう)ぜん。

   刀子(とうす)を脱却(だっきゃく)せば、南泉も命(めい)を乞(こ)わん。

 

【附記】碧巌録では、第六十三則「南泉斬却猫児」(なんせん ざんきゃく みょうじ)と第六十四則「趙州頭戴草履」(じょうしゅう ずたい そうあい)の話は、無門関、従容碌で明らかに連続した説話として記述してある。碧巌録(雪賓重顯)は、南泉普願の禅機と趙州従諗の禅機を、別々に意見するために、故意に二話の公案としたようだ。

この南泉斬猫の則・・殺生を厳禁する仏教寺院で、戒律に厳格な南泉老師の一刀両断の行為は、大乗律に合わない話・・であるのに、後世、寺院の禅者、ことごとく南泉の行為を肯定している。

しかし・・私の意見は少し違う。いかに血みどろに東西の僧たちが喧々諤々(けんけんがくがく)、猫の取り合いをしているから・・といって、南泉は趙州の師であり、数百人の弟子を持つ達道の禅者である。まして猫は、今の愛玩動物とは異なり、米穀をネズミなどから守る大事な役目をもっている。それを、ワザワザ、台所の包丁を隠し持って、争いの真ん中に分け入って、何か、至道、禅機の芸の一つも見せてみよ・・とは、どうも、どさまわりの芝居ががっていて胡散臭いのである。

血で血を洗う公案は、どうにも後世のデッチアゲに思えてならない。

古来、この問答は難透と言われる。他、無門関 第四十一則 達磨安心(慧可断臂 えかだんぴ)ともに、とおり一辺の師家の見解、講釈に、お説ごもっともと、意見できなかった寺僧たちのテイタラクこそ、禅絶滅の元凶であろう。

この詳しくは、碧巌録の六十三則=六十四則で述べた。

ここでは、素玄居士の見解を尊重しておく。

 

 

禅者の振る舞い・・芝居じみたやり取り、本当にあるのですか?9/6追記 ・・第13則

●碧巌録(85則)でも、この無門関でも、どうやら9/6 掲載した則が、禅者のヒマをもてあそぶ「禅による生活」を描く・・一般常識からはずれる芝居で、読者から、早速に質問されたので追記します。

禅語録には、一見、芝居じみてみえる禅者の行録がたくさん出てきます。

いずれも本当にあった命がけの修行、その「禅機」のやりとり・・です。

私も、生前、父との会話や、その振る舞い、表情に、ほとばしる禅機を感じて、思わずうなってしまったことが何度かあります。年を経るにしたがって「閑古椎カンコツイ=先の丸いキリ」とか「木鶏モッケイ」とか言われる禅境地を窺うことになりました。

 現代の僧堂で行われる修行は、寺の跡継ぎを養成する「促成・温室栽培」で、しかも、師家もまた、言われた通り一偏の指導ですから、悟後のスリアゲなど、ありようも出来ようもありません。

禅は、宗教や哲学や論理・心理、論理学で解析、検証できません。著名な禅寺で、それらしい振る舞いの坊さんや、白皙の学者を登場させ、NHKの教養などで話させても・・これ全部・・生座鳥の受け売り話。本命の禅者がいるとスレバ、まず・・大のテレビ嫌い・・電話嫌い・・団体組織嫌い・・必ず清貧です。(あえて事例をあげれば、一休宗純や大愚良寛です。白隠盤珪、仙厓なども、コメみその代わりに禅画や書を書いて生計にあてていました)

 

電磁波で平安な世界へ導いてくれる・・と、スマホ狂信者があふれる現代・・

いずれは・・北朝鮮の水爆、高高度爆発でデジタル社会が壊滅して、アナログ社会にまいもどったら、この禅者の一語と、そのわけの分からない振る舞いが、何だったのか・・気づくことになるでしょう。・・どうぞ「独りポッチ禅」で、依るべなし・・無依(ムエ)の人になってください。

禅のパスポート 

無門関 徳山(とくさん) 托鉢(たくはつ) 第13則

禅は「今、ここに」に生活する・・中にしか発現しない。だから・・何時、どこで、誰が・・は深く問わない。何ごとを、どのようになしたか・・これを自分の境地として、どれほど深く味わうことができるか・・

いわゆる「禅境(地)を楽しむ」のである。

主義主張、自我意識の強い・・人には「禅=禅による生活」は、関心もなく、身に染むことはないといえよう

ただ、心落ち着かず、不安や悩みに苦しむ・・安心を求めたい人が、ふと、坐禅でもしたい・・と、思った瞬間・・その時だけ・・ZEN=禅が姿を現わす・・と言ってもよい。

(たいてい、禅の効用、利用価値を考えてしまうので、純禅=自分の無所得、無価値・無功徳な姿は、すぐに消え失せてしまう・・)

たったの3分間・・独りポッチ禅をする時、私は、碧巌録か、無門関に、気ままにページを開いた一則を看ることにしている。

千年前の、それこそ現代の文明文化から比較すれば・・何もない、貧しく不便な禅者たちの生活ではあるが、明らかに悟りの世界がイキイキと出現する。宗教でも主義主張でも、無関心でも、スマホの依存症でもない「禅による生活」がある。

しかも、彼ら・・達道の禅者は、人生を達観して、ヒマでしようがない・・暇をもてあました人たちだから、何事につけて、生きることを楽しんでいる様子が見て取れる。役立たずな生き方・・役立たずの坐禅・・その舞台が、いま、ここに開幕する。

 

【本則】ある日、徳さん(山)・・食事時でもないのに、自分の茶碗と箸を持って、ひょっこり食堂に姿を現した。そこに居合わせた料理長、雪峯に「まだ、食事の案内、合図をする時間じゃないのに、何をウロウロされますか」と注意された。

徳さん、うなだれて自分の部屋(方丈)にもどった。

  *徳さん、雪峯にやり込められ、自室に帰ったのは禅機。

   徳さんの得意の三十棒が出なくても、すごすごと戻る姿に、

   雪峯は・・その性根、禅者の一悟を見届けていない。

   この雪峯と徳さんの商量に相乗りした巌頭は、ナカナカの達者だ。

この件を、万事仕切り役の巌頭に報告したところ・・巌頭いわく「いつも腹ペコの徳さんだ。まだまだ、往生の覚悟などできていないな」と決めつけた。

   *末期の句を、禅の極所と誤解してはならない。

    三昧(正受)が禅の極所であるとか、極所など本当はない

    ・・という・・のを打発しての発言だ。鋭いトゲがある。

徳さん、これをまた聞きしたので、巌頭を呼んで「ワシのやった行動を否定するのか」と問うた。すると巌頭、お耳を拝借・・と、耳元で何かささやいた・・徳さん「ナルホド、それなら致し方ない」と納得して寝てしまった。

   *それでは「末期の一句」とは、何を言うか・・

    禅者は、時に、こんなイタズラをして楽しむ。

あくる日。求道者を集めて、徳さんの禅話が始まろうとした時、巌頭、手を打って大笑いしながら言った。

「イヤア・・喜ぶべき出来事だ。徳さん老師、覚悟の一句がワカラレタようだ。これからはもう誰も手出し、ご意見できないよ」

   【本則】徳山(とくさん) 一日(いちじつ)托鉢(たくはつ)して堂に下(くだ)る。

   雪峯に、この老漢(ろうかん)、鐘いまだ鳴らず、

   鼓(く)いまだ響(ひび)かざるに托鉢して、

   いずれのところに向かって去ると問われて、

   山すなわち方丈(ほうじょう)に帰る。

   峯(ほう)、巌頭(がんとう)に挙(こ)似(じ)す。

   頭云く、大小(だいしょう)の徳山、いまだ末後(まつご)の句を會(え)せずと。

   山 聞いて侍者をして巌頭を喚(よ)び来たらしめて問うて云く。

   汝 老僧を肯(う)けがわざるか。巌頭、密(ひそ)かにその意を啓(もう)す。

   山すなわち休(きゅう)しさる。

   明日(みょうにち)陞座(しんぞ)。はたして尋常(よのつね)と同じからず。

   巌頭、僧堂の前に至って掌(たなごころ)を打って大笑(たいしょう)して云く。

   且喜(しゃき)すらくば老漢、末期の句を會することを得たり。

   他後(たにの)ち 天下の人 彼を奈何(いかん)ともせじ。

 

【素玄居士云く】泥棒にはカギをあたえよ・・

 

【無門曰く】これが・・徳さん、一期一会の話なら、巌頭、徳さん、ともに末期の一句、わかってはいないと・・叱りつけた無門。

さあ、しっかり坐禅して納得すればいいが・・こりゃ一幕物の田舎芝居だね

   【無門曰く】もし是れ末期の句ならば、

    巌頭、徳山ともに未だ夢にも見ざることあり。

    険点(けんてん)し將(も)ち来ればよし

    一(いっ)棚(ぽう)の傀儡(かいらい)に似(に)たり。

【頌に曰く】無門の見性の一句はさておき、末期の一句はどうもアヤフヤ・・はっきりしない・・末期の句を会(え)する人は、昔も今も、本当に少ない(と、素玄居士は提唱で指摘している)

*無門慧開 天龍和尚に参じ、後、月林禅師のもと、狗子佛性の公案を6年間粘弄、ある日、太鼓の音で省悟。重ねて雲門話堕の則を聞かれて拳をあげた。林は、これを見届けて印可したという。無門は、平常、頭髪茫々、人々から開道者と呼ばれていたソウナ。

   【頌に曰く】最初の句を識得すれば、すなわち末後の句を會す。     

    末期と最初と、これこの一句にあらず。

 

 

禅のパスポート 無門関NO12(8/23 追記修正) 

無門関 第12則   巌喚主人 (かんがん しゅじん) 

【本則】瑞巌(ずいがん)の彦和尚(げんおしょう)、

    毎日 自ら(みずか)主人公と喚(よ)び、また自ら応諾(おうだく)す。

    すなわち云く「惺惺著(せいせいじゃく)」=「諾(だく)」

    「他時(たじ)異日(いじつ)、人の瞞(まん)を受くること莫(なか)れ」 

    「諾々(だくだく)」

【本則】自分が自分を呼んで、目を覚ませ!とか・・騙されるなよ!とか・・ハイと返事もしている。こんな心理的な自己問答は・・禅ではない。

だが、瑞巌老の自戒めいた話は、自分で禅機(エンジン)を発動させ、禅境(車のドライブ)を楽しむ心地であろう。

 

公案とみるよりは、看脚下=照顧脚下の実際とみて、貴方の禅境の一語を言ってみよ・・と迫る話だ。

 

【素玄居士云く】胡馬(こば) 北風に嘶(いなな)く・・

【附記】アエテ意訳スレバ・・1日千里を走るサラブレッドは、遠い故郷から吹いてくる寒風に誘われ、嘶いて走り出す・・の意。

臨済録 臨済・麻谷マヨクの商量中、「千手観音のどの手、どの眼が本当のものか?」と問答した、その公案の大燈国師の着語に「凛凛リンリンたる清風 匝地ソウチ寒し」とある。

自己・・素っ裸の・・「本来の面目」とは何かを問う、最も難透な公案だといわれる。

明白徹底、掌を見る如くに看えなければ臨済白隠の児孫(寺僧たち)禅を知ったというな・・と、釋 宗活老師が「臨済録 講話」光融館 昭和16年発行で喝しておられる。

碧巌録に次いで、無門関を意訳していますが、講釈抜きで、ズバリ切り込んでくるのが「無門関」です。禅に関心を持つ、欧米、外国の方には、言い訳不要の、無門関の方が、坐禅するには最適でしょう。論理的に解釈できない・・してはならない「禅」は、分析、検証の科学的な因果関係に包まれた西欧文化に、全く適合できません。チョウド、インドの哲学者風の達磨が、中國にZENを紹介した時、現実的実務主義の中国人に理解されず、九年の面壁坐禅をしたように・・まだまだ・・真の求道者・・読者数は少ない状況です。日本人が1千年かかって純禅を挙揚し、今や、絶滅種となりましたが、欧米で一粒の麦・・もし死なずば・・次の千年期に、禅の大樹となるよう、由来、因縁、哲学・論理・科学的考察は放棄して、この・・役立たず三分間「独りポッチ禅」を提唱する次第です。         

臨済義玄リンザイ ギゲン(黄檗希運オウバク キウンの弟子、禅ー臨済宗の祖)麻谷寶徹(馬祖道一バソ ドウイツの弟子)無門関・・公案は、人物、履歴、因縁に固執しないこと

 

【無門曰く】瑞巌老は、夜店のお神楽(かぐら)の面売りだね。

 

しかも独りで売って、独りで買う・・落語の花見酒、杯と五文のやり取りか・・儲けのないフーテンの虎さんだ。

(ニィ!は語気を強める「サァ!ドウダ!」の口調)

 

威勢のいいタンカ売に、買おうか・・どうしようと、キョロキョロまごまごしたら、この買い物、高くつくぞ。まして瑞巌老の真似や受け売りをしたら、禅気に毒された病人・・と心理療法の的にされるぞ。

【無門曰く】瑞巌老子(ずいがんろうし)、自(みずか)ら買い自ら売って、  

      許多(そこばく)の神頭(じんず)鬼面(きめん)を弄出(ろうしゅつ)す。

      何が故ぞ(おいオイ・・どうだね・・漸耳(にい)!

      一箇は喚(よ)ぶ底(てい)、一箇は応ずる底、

      一箇は惺(ピチピチした生活=)惺底(せいてい)、

      一箇は人の瞞(まん=偽り)を受けざる底、

      認著(にんじゃく)すれば、依然(いぜん)として還(かえ)って不是(ふぜ)。

      もし、また他に倣(なら)わば、すべてこれ野狐(やこ)の見解(けんげ)ならん。

 

【頌に曰く】禅を知識や論理で解かろうとする者は、南極で北極星をさがす天文学者だ。雑念・妄想がいっぱい詰まった望遠鏡で、星がどうして見えるものか。

日常生活そのままが、人間本来の生き方だと思ったら大間違い・・(だから現実、実利重視の女性や学理の言うだけの蕎麦屋の釜、スマホにのめり込む信者は、ナカナカ禅を手に入れた生活ができない)

スターダスト⇒★と望遠鏡のゴミ・・看間違えたら大変だぞ。

 【頌に曰く】学道の人、真を識(し)らず、

       ただ従前 識神(しきしん)を認めむるが為なり。

       無量劫来(測りがたき轟雷)清氏(商ない事)の本(元)、

       痴人喚(ちじん よ)んで本来、人(にん)となす。

 

禅のパスポート 無門関 NO11  

無門関 州勘庵主 (しゅうかんあんしゅ) 第11則

【本則】百二十歳まで行脚修行した趙州。

ある日ある時、ある禅庵を訪ねて・・「有りや・・有りや」

(いったい何があるのか、何を尋ねたのか・・日時や庵主名など不明なのは、無用だから書いてない)

すると庵主、すっと拳(こぶし)をあげた。

趙州云く「浚渫(しゅんせつ)してない浅い港なので船泊(ふなどまり)できない」といってサッサと出て行った。

また別の禅庵を訪ねて云く「有りや・・有りや」

するとこの庵主もまた、すっとこぶしをを立てた。

趙州云く「これはナント・・自由、活殺自在な働きの方である」と丁寧に礼をした。

 【本則】趙州 一庵主の処にいたって問う「有りや 有りや」

  主 拳頭(けんとう)を竪(じゅ)起(き)す。

  州云く「水浅くして、これ船を泊する処にあらず」と、すなわち行く。

  また一庵主の処にいたって云く「有りや 有りや」

  主もまた拳頭を竪起す。

  州云く「能縦能奪(のうじゅうのうだっ)、能殺能活(のうせつのうかつ)」と、

  すなわち作礼(さらい)す。

 【無門 曰く】両方の庵主、同じように拳を立てたが、一方は船底が海底につくから泊まれない・・と退散し、もう片方は、同じ仕草なのに、自由自在な働きである・・と、ほめたたえて深く礼をした・・この趙州の「入り組み」態度の違い・・を見て取れる・・求道者・・いるかどうか。

もし、一人を誉め、もう一人をダメとする・・確かな意見ができれば、反対に趙州こそ、二庵主に、喝破され(見抜かれ)ていることもわかろうというものだ。

 

禅寺では「趙州無字」の公案一則を透過すれば、あとは口伝とか、密室の参事として伝授する・・アンチョコ方式をとる・・そうだが、禅による生活の本当は、こうした公案で鍛錬された「一語」徹底しているか、どうかで決まる。

もし、二庵主の優劣,是非があるというも、無いというも、やっぱり、それは口頭禅だ。

  【無門 曰く】一般に拳頭を竪起す。

  なんとしてか一箇を肯(うけが)い、一箇を肯(うけ)がわざる。

  しばらく道え、ごう訛(が)いずれの処にかある。

  もし、しゃりに向かって一転語を下しえば、

  すなわち趙州の舌頭に骨なく、

  扶起放倒(ふきほうとう)、大自在をうることを見ん。

  しかもかくの如くなりと謂(い)えども、

  いかんせん、趙州 かえって二庵主(あんじゅ)に勘破(かんは)せらるることを。

  もし二庵主に優劣ありといわば、未(いま)だ参学(さんがく)の眼(まなこ)を具せず、

  もし優劣なしというも、また未だ参学の眼を具せず。

 

素玄居士・・

【九谷の徳利、青磁の杯、独り小房に座り交互に忙がし。

趙州 訪ね来たるも拳を用いず。壁間のグラビヤ、代わって応接す】

禅機は「禅の生々なる流露」で、相手がなくても、独り禅機を弄(ろう)して楽しむ。ここでは相手があっても相手なきに同じ。この庵主したたか者じゃ。ここは趙州と手を打って、散歩するのも面白いが、今時、いないなぁ!

趙州の禅機は天性の妙だ・・これを酌めども尽きずに楽しむ、面白い一則だ・・と言われます。

 

禅【頌に曰く】生きていく、その中で、大切なものはいろいろあるが自分の一番、大事なものは何か・・

  【頌に曰く】眼(まなこ)は流星、機は掣電(せいでん)。

   殺人刀(さつじんとう)、活人剣(かつじんけん)。

   (禅者の容姿、行動・・ズバリ・・意訳の必要なし)

禅のパスポート 無門関NO10

【ビールの貴きを恐れざれ・・

  水道の麦酒に化せざるを歎く・・】素玄居士 見解(けんげ)

無門関  清税(せいぜい) 弧貧(こひん) 第十則

【本則】俗に「禍いと炊飯ほど出来やすいものはない・・」どうか1分間でも3分間でも、弧貧(白紙)になって坐禅して、自己をかえりみ照らして、自己の主人公(性根玉)をハッキリしてもらいたい」山本玄峰著「無門関提唱」大法輪閣より抜粋

清税という求道者・・あるいは師の禅境地を試す意味で言った、問いかけであろう。弧貧とは、独り窮困して貧乏、腹ペコ。どうぞご飯をお恵みください・・だが・・飯もらいが真意ではない。

「私は、ただ独りにして無一物、心裏にかかる迷い雲なし」・・師よ、このような禅(境地)者に、与える「一語」ありましょうか?・・との公案=検主問・・としておきます。

これに対して、曹洞宗の始祖、曹山は、駘蕩(たいとう)とした境涯を酒中の趣きに形容して、見事に応酬した一語である。

*闍梨は、僧の尊敬語 *青原白家は「灘の正宗」位の酒どころか・・本則 意訳を、生一本、冷で味わいください。

  【本則】曹山和尚 因みに僧 問うて云く 

      清税は孤貧(こひん)なり 

      乞う 師 賑済(しんさい)したまえ、

      山云く「税 闍梨(じゃり)」 

      税 応諾す(ハイ・・と素直に答えた)

   山云く「清原(せいげん)白家(はっけ)の酒 

   三盞(さんさん) 喫(きっ)しおわって猶(なお)いう未(いま)だ唇を沾(うるお)さずと」

     (いったい何杯飲めば、少し酔いましたと云うんだい)

 

【無門曰く】禅は、生活に根差した行いが総てですから、その時々の「禅境地」を試みなければ、進歩したか、退歩したか・・本物か贋物か、よくわかりません。とりわけ骨董、茶器、陶器の類は、割って中の焼成の具合を看なければ、真贋つきにくいといわれます。

さあて清税の貧するところ全く鈍した心根か・・またまた酒を飲んだところ・・銘酒かワインかビールか・・何だろうか。

  【無門曰く】清税 機を輸(ま)く 是れ何の心行ぞ。

   曹山は具眼(ぐがん)にして、深く来機(らいき)を辨(べん)ず、

   しかも是(かく)の如くなりといえども、しばらく道(い)え。

   那裏(なり)か是れ 税闍梨(ぜいじゃり)、酒を喫する処。

【頌に曰く】坐禅して、三昧(ざんまい)の境地になったなどと言うことなかれ。パチンコ、競輪、ギャンブルに夢中になったり、写経や坐禅の真似事をしても、三昧はあり、それを大覚=悟りと誤解してはならない。単に、集中した時の心理作用だから、三昧境は、誰でもなれる心理です。

「貧」の極致は范丹(はんたん)に似たり・・(中国の古歌に・・范丹という人は貧しくとも泰然自若。釜の中に魚を生ず・・と唄われたそうだ)

無一物中無尽蔵の清税は、貧の極致にあるから、気持ちは項羽のごとし。酒を飲んでも、くちびるを潤おさず・・その日暮らしでも、常に満ち足りてある。

(あえて言えば・・御心もまま・・自然法爾に続くのか・・)

【頌に曰く】

貧は范(はん)丹(たん)に似、気は項羽(こうう)のごとし。

活計(かっけい)なしといえども、あえて興(とも)に富を闘(たたか)わしむ。

 

【附記】かって、私が円覚寺に寄宿参禅していた学生の頃、父の(縁、用事)で、吾兄,五郎が山向う東慶寺、松が丘文庫の鈴木大拙先生を訪ねた時、「貧」の一字の扇子を頂き、家宝のように大事にしていたのを思い出します。あの頃は若くて「貧」とか、「無一物」とか、よく納得していなかったです。坐禅は「悟り」の手段ではなく、ただの毎日の心の洗濯、掃除ですね。日頃の暮らしの中に、弧貧の境地が醸成されてこそ、うまき酒になるのでしょう。

現在、つくづくと、提唱する「3分間独りポッチ禅」は、この則、清税「弧貧」の禅といってもいい・・と思います。

孤独を感じ、寂寥を想ったら・・はてなブログ「禅者の一語」/禅・羅漢と真珠・・を覗いてください。禅の本音を露裸々に紹介しています。

 

禅のパスポート 無門関NO9

【楽しみは夕顔棚の下涼み 男はてゝら、女は二布して・・古歌】素玄居士 

 

【本則】ある時、興陽の禅院に住する清譲(せいじょう)老師に、求道者が訪ねてきて問うた。

大通智勝佛=無礙自在(むげじざい)、清浄法身(しょうじょうほっしん)の虚明(きょめい・・実在しない覚者の意。臨済録)が、永劫(永遠)に坐禅したとて、禅を把握できず、禅を悟れないのは、どうしてでありますか? 

(本則、的確に禅の極所をついている問答です)

譲曰く「ナルホド・・その問いは、しごく最ものことじゃ」・・と言われても、求道者にとって、サッパリわからない答え方であり、更に問う。

「長い間、禅院で坐禅修行を続けているのです。どうして見性(悟り)を得ることが適わないのですか」

譲曰く「彼が禅をなさざるがためなり」

仏法佛道を「禅」と言い換えても同じこと。禅者は、例え寺院にいても、仏法が念頭に現前することもなく、仏道を領得することもなく、何事も因縁を結ぶことはない。

どちらにしても、禅者と仏とは、無関係であり、仏となることも出来なければ、仏となることをしないのでもある。

寺院・在家の差別なく、環境、職業さまざまであっても、禅(悟りの)境地に何の関係もないこと。

禅は無一物である。悟りを成すとか・・成らない・・とかの話でないことは、すでに世尊拈花(第6則)の公案で書いた。

禅は自得自悟するもので、則に即することなく、他から与えられるものではない。

サアテ・・その「ZEN」とは何だろうか?

  【本則】興陽(こうよう)の譲和尚(じょうおしょう) 因(ちなみ)みに僧問う、

   大通智勝佛(だいつうちしょうぶつ) 十劫(じつこう)、道場に坐し仏法現前せず。

   仏道を成(じよう)ずることを得ざるの時 如何(いかん)。

   譲曰く、その問い、はなはだ諦當(ていとう)なり。

   僧曰く、すでに是れ道場に坐す。何としてか仏道を成じ得ざる。

   譲曰く、伊(かれ)が成仏せざる(なさざる)が為なり。

 

無門曰く・・釈迦や達磨、達道の禅者たち・・どいつも理知に解するは放任するが、禅(悟り)を得たというのは許さない。

  • 無門曰く、只(ただ) 老胡(ろうこ)の知を許して 老胡の會(え)を許さず、

  凡夫 もし知らば是れ聖人(しょうにん)。

  聖人もし會せば即ち是れ凡夫。

 

この無門の着語・・どうも不十分だ・・と素玄居士。

「禅・・だとか、仏だとか・・何をうるさいやぶ蚊かな」

団扇パタパタ・・「オイ、蚊やりを焚いとくれ」女房、ハイハイ・・と附記。

頌に曰く、身の程のアレコレより心を労することのないのが一番。

禅を領得すれば神仙に同じ。

わざわざ大名に仕立てる手間ヒマはいらない。 

  • 頌(じゅ)に曰く、身を了(りょう)ぜんより 何(なん)ぞ心を了じて休(きゅう)せんにはしかじ。

  心(しん)を了得(りょうとく)すれば身(み)愁(うれ)えず。

  もしまた身心ともに了(りょう)了(りょう)ならば、

  神仙(しんせん)何ぞ必ずしも更に候(こう)に封(ほう)ぜられん。

 

 

 

禅のパスポート 無門関 NO8

♫・・お手てつないで野道を行けば みんな可愛い小鳥になって歌を歌えば靴が鳴る・・(清水かつら 童謡1919)素玄居士

素玄居士は、著作「提唱 無門関」の第八則 見解(けんげ)で、童謡を歌っておられる。

それと、水を田んぼに上げる踏板式水車を解体、再組立てする公案と、どこの何が、その解(禅意)で一致するのか・・

さらに、この則、月庵(げったん)シャレたことをぬかす。

こんな子供のイタズラもチャント禅の工夫があるのじゃ。

本則はすこぶる親切丁寧で、この則で手に入れなければアカン・・と結語されている。

無門関 奚仲造車 (けいちゅう ぞうしゃ) 第八則

月庵老師を訪ねてきた求道者が教えを乞うた。

昔、奚仲という人が、田に水を引く足踏み式の水車を発明して、稲の収穫に貢献をしたそうな。

そのせっかくの水車を、バラバラに解体して壊し、改めて組み立てたが、前と同じなら何の工夫もないことになる。

さあて今度は、どんな具合にしたか・・何を明らめたのか。

いちばん大事で肝心なものは、何だったのか?

水車に託して・・人の手足、頭を分解、再生したらフランケンシュタイン(化けもの)になりましょうか・・本当に大切なものは何か・・という問いである。

   【本則】月庵和尚 僧に問う

    奚仲、車を造ること一百輻(いっひゃくぷく)、両頭(りょうとう)を  

    拈却(ねんきゃく)し、軸(じく)を去却(こきゃく)し

    何邊(なにへん)のことをか明(あき)らむ。

 無門曰く 

もし、ただちに、その意が明らめられたら、そいつの目は流れ星。雷電の手腕を発揮しようぞ。  

  • 無門曰く もしまた直下(じきげ)に明らめ得(え)ば、眼(まなこ) 流星(りゅうせい)に似(に)、機掣電(きせいでん)の如くならん。

 頌に曰く 

本当に死にかけた病気をした者でないと、医者や病院の有難みはわからない。人の世は、持ちつ持たれつで成り立っている。

俺は独りで生きている・・と、独尊を気取る人ほど、気位は高く、孤立して、迷いに迷う有り様となる。

(動植物界では、群れを形成して、他を生かしていく社会であればこそ、長寿・生存の確率は高いという。ハグレ雄は短命だ・・と武田邦彦先生のブログにある http://takedanet.com/ )

実際の暮らし・・生業(なりわい)については、禅者もマゴマゴする。天地同根、無疑への転処は、禅であり禅機です。

   頌に曰く 機輪転(きりんてん)ずる処、達者なお迷う。

   四維(しゆい)上下(じょうげ)、南北(なんぼく)東西(とうざい)。

禅のパスポート 無門関NO7

☆昨来、口を過ごす余物なし。

   趙州一語の粥を饗(きょう)し来る。

   山堂寥廓(さんどうりょうかく) 嵐気冷(れい)なり。

   失銭の閑人 鉢を洗って帰る☆(素玄 居士)

   

禅を悟るに、難行苦行・・開けても暮れても坐禅三昧・・といわれる。しかし、達磨より三代あと、鑑智僧璨(かんちそうさん)は、信心銘において「至道無難(しどうぶなん)、唯嫌揀擇(ゆいけんけんじゃく)」・・悟りへの道は難しいものではない、ただ、好き嫌いや比較することがなければ・・と、わずか584文字の詩的論文で述べている。

彼は、当時・・日本で法隆寺が建立された頃(606年)、仏教道教の迫害にあい、深山に隠棲して難を逃れ、少ない求道者に、大樹の下で説法中、合掌・坐亡したと伝えられている。

 

禅の悟りはイロイロだが、素直に、独りで坐禅、自省すれば、ヒヨットした、何かの機縁があって、涙ながらの玉ねぎの皮むき作業が終わる。ただ、それだけのこと・・なのだ。

 

無門関  趙州洗鉢 (じょうしゅうせんぱつ) 第七則

趙州に、求道者が問う・・私は、まだ当地にて お目見かかって日も浅い者ですが、どうぞ、禅についてご教示ください。

趙州「朝の粥食は食べましたか」

求道者「ハイ、いただきました」

趙州「それじゃ茶碗を洗いなさい」

求道者 省悟(閃き)あり。

 あちこち行脚して、ご教示ばかりをいただく、そんな、乞食根性に自己不信、怒り、疑問がたぎっていたのだろう。

それに趙州の「禅による生活」=日常行動・・すごい切れ味の禅者の一語である。

   【本則】趙州 因(ちな)みに僧 問う、

    某甲(それがし)、乍入叢林(さにゅうそうりん)。

    乞う師、指示せよ。

    州云く、喫粥了也(きっしゅくりょうや) いまだしや。

    僧云く、喫粥了也。

    州云く。鉢盂(ほう)を洗い去れ。

    その僧 省(せい)あり。

 

無門が云う,明眼の禅者(趙州)の日常すべてが禅そのもの。

ご教示とやらの手がかりは、一挙手一投足、ゴホンと咳払いしようが、コッンと机を叩こうがズバリ禅を表現している。

臨済が師、黄檗のもとを去り、大愚に参じて「黄檗、恁麼(いんも)に老婆親切(ろうばしんせつ)なり=さすが黄檗だな。美味しいご飯を炊くのが上手だ」の一語で、禅を手に入れたのも、この求道者に似ている。

サア・・鐘を甕(かめ)と言い間違える人になるな。洗えと言われる前に、茶碗を洗ってしまう輩でないと、禅は手に入らないぞ。

現代、いったい何処に大愚や趙州がいるのかな?

  無門曰く、

  趙州 口をひらいて膽(たん)をあらわし、心肝を露出す。

  この者、事を聴いて真ならずんば、鐘を呼んで甕(かめ)となさん。

 

頌に・・「禅を難解だという人こそ、素直でないな。分析・比較・検証と、論理や心理を学問しても、効能書きに頼る病人は助からない。ご飯を上手に炊き上げるには、水加減は当然として、初めトロトロ、中パッパ、子供が泣いてもフタ取るな・・電磁的自動化社会に安住するスマホ教信者に禅は無縁でしょうね。

  頌に曰く、

  ただ分明(ふんみょう)を極(きわ)むるがために、翻(かえ)って所得を遅からしむ。

  燈(ともしび)のこれ火なるを早く知らば、飯(はん)の熟するにすでに多時(たじ)。

 

附言  A carpenter is known by his chips

        (大工の良し悪しは、カンナくずでわかる)

もう一つ・・「正直でないと桶は作れない」・・これホントです。

 

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禅のパスポート 無門関NO6 

★春過ぎて夏きにけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山★ 古歌(素玄居士 頌)

 釈尊が、求道者との話の場で、仏教=覚者(悟りたる者)の教え・・の素(宗)になる「禅」を、一輪の花を拈じて披露したが、誰も、その手品の種が解明できなかった。ただ、この内の独り・・迦葉だけが見抜いて笑ったそうだが、迦葉がいなかったら、釈尊は、そんな手品はしていない。

「禅」は仏教の素ではあるが「仏教」ではない。

この公案でも、教外別伝(仏陀の教え以外の別の傳えること)とはいっているが、付嘱(ふしょく)す・・と、迦葉一人に、預け頼んでいる。

文字表現、口伝できない「禅」を、この二千五百年間・・達磨は中国に・・中国から、日本に・・まるでオリンピックの象徴・・太陽のトーチのように、1箇半箇の大覚、見性の寺僧が伝灯してきた。(けれども、寺僧の集団、印可教導の仕組み、デジタル(バーチャル)社会に適応性を失って、禅宗の形骸は駆逐されつつある・・このことは、提唱無門関  素玄居士(昭和12年発行)の著作で、明らかにされている)

 また、このことは、第9則 大通智勝や 碧巌録 第67則 傅大士講経(ふたいしこうきょう)などで随時、講話意訳に含めて書きます。

いずれにしても、この第6則で釈尊は拈花に「禅」の端的を示し、迦葉はこの端的を領得したのです。迦葉の笑いは、釈尊以前から「禅」は存在していること・・宇宙時代の今日も「禅」は、露裸々に満ちている・・おのずから笑うこと一声、天地驚く(臨済の一語)として以下、意訳します。

 

無門関 【世尊 拈花】(せそんねんげ) 第六則

釈尊が霊山で求道の人を集めて説法されていた。

そのおり、蓮華の花を手にしてクルクルとまわさられた・・のだが、参加した人々は、何事が起ったのか理解できず、キョトンと見守るばかりだった。ただ傍らの迦葉尊者だけが、顔をほころばせニッコリ笑われたのである。

釈尊は「吾に・・根本の道、安心の妙境、如去如来、微妙の法門。筆舌できず、今までの(仏陀の)教えとは別にして伝えるべきこと(禅)・・を、大迦葉尊者に付嘱(預け頼みました)よ」といわれた。

【本則】世尊(せそん)、昔 霊山會上(りょうせんえじょう)にあって、

花を拈(ねん)じて衆(しゅ)に示す。

この時、衆みな黙然(もくねん)たり。

ただ迦葉尊者(かしょうそんじゃ)のみ破顔微笑(はがんみしょう)す。

世尊云く、吾に正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)、

涅槃妙心(ねはんみょうしん)、實相無相(じっそうむそう)、

微妙(みみょう)の法門あり。

不立文字(ふりゅうもんじ)、教外別伝(べきょうげべつでん)、

摩訶迦葉(まかかしょう)に付嘱(ふぞく)す。

 

無門云く・・この破れ黄衣の瞿曇よ(ぐーどん=釈尊のこと)独り、言い放題に言いますね。

良いも悪いもなしとばかり、安心の正道、禅の妙法を仰々しく、宣伝文句を並べて売りたてますな。まるで羊といって犬肉を売るのと変わらないアクドイ商売に見えますぞ(マア、ホンの少しだが、関わり合いもあるが・・)

村の賑やかに人の集う市場で、笑ったとか、笑うべしとか、正法伝授するとか、求道者を説得する便法を、正直商売の値札にしてはなりません。 「禅」を・・独り、迦葉さんに預け頼んだだけのことだから・・。

無門云く 黄面(おうめん)の瞿曇(くどん)、傍らに人なきがごとし。

良を厭(いと)うて賤(せん)となし、

羊頭(ようとう)を懸(か)けて狗肉(くにく)を売る。

まさにおもえり、多少の奇特と。

ただそのかみ、大衆のすべて笑うがごとがごときんば、

正法眼蔵また作麼生(そもさん)か傳えん。

もし、迦葉をして笑わざらしめば、正法眼蔵また作麼生か傳えん。 

もし正法眼蔵に伝授ありといわば、

黄面(おうめん)の老子(ろうし) 閭閻(りょえん)を誑謼(こうこ)す。

もし伝授なしといわば、なんとしてか独り迦葉を許す。

 

頌に曰く 花をクルクルまわして見せた釈尊の手品・・タネ丸見え・・化けそこなった狐のしっぽが見えるようだ。迦葉は、手品の種(禅の大意)を見抜いて笑った。誰もがポカンとしていたが・・サテ・・あんたに見抜けたかな?

頌(じゅ)に曰く 花を拈起(ねんき)し来れば、

尾巴(びは)すでに露(あら)わる。

迦葉の破顔 人天措(お)くこと罔(な)し。

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無門関 【香厳上樹】(きょうげんじょうじゅ)第五則

★既に樹に上りたる時は「牟ムウウ、牟ムウウ」是れ口を開かずして西来意を語っている處じゃ。

★いまだ樹に上らざる時は「ワン、ワン、ワン」是れ早く口を開いて腸を見せるのじゃ。

(提唱・頌/素玄居士)

 

無門関 講話・意訳

【香厳上樹】 (きょうげんじょうじゅ)第五則

坐禅したから、悟れるものでもないし、禅寺の専門道場に、木像仏よろしく鎮座したからといって、何の取柄もない人に仕上がるだけだ。坐禅するのが禅ではない。坐禅をしよう・・と思う・・そのことが、どこともなく湧いてくる。

大事は、この点につきる。

この香厳は、潙山に参禅して18年、侍者の香厳を指導したが、禅機、熟さず、武當に庵居していた。ある日、庭掃除のとき、石コロが、かたわらの竹に当たって「カチン!」と音を立てた。そのトタン・・禅とは何か、達磨が、はるばるインドから、中国に何を伝えにやってきたのか(祖師 西来意)・・言葉にも文字にも出来ない禅の大意を、自覚というより、生きる彼、全体で、突然、認識させられた・・イヤ・・認識したのである。これは体覚した・・というほうが素直でよい。

この公案は、例えるなら・・禅の大意を、手足を縛られ、口に木の枝を銜(くわ)えさせられて吊るされる中、樹下には飢えた虎がいる・・絶対絶命の状況で・・自分なりに覚悟した意見を表現してみせよ・・との、口八丁、手八丁の禅者モドキを篩(ふるい)にかける問題だ。

*篩とは何ですか?そんな拷問のようなキワドイ話はごめんです・・という輩は相手にしていない。命がけで、自己とは何か・・安心とは何か・・禅とは何かを追及したい・・坐禅をしたい・・と思う心に問いかける者を対象にした千年前の(現代も変わらない)禅者の一語なのである。

 

この則の後ろに、次のような附則がついている。

上座あり。出でて問うて曰く「人の樹上に上る時は問わず。未だ樹に上らざるとき如何?」師、笑うのみ。

この附則、蛇足です。樹上に縛られていようと、下に猛虎、大ワニがおろうと、落ちて大ケガをしようと、また、禅とは「こんなものです」と表現すること自体、大間違い。表せば・・喪身失命(そうしんしつみょう)となる。

樹上にあろうと樹下にいようと、禅者は不昧因果(ふまいいんが)。青空のような清々しい露裸裸(ろらら)な生活であれば充分だ。それが判らなければ、手に入れるべく、工夫粘弄(くふうねんろう)するのが一番です。

 

つまり、香厳の問いに、うっかり答えてはなりません。3分間独りボッチ禅は、まず、この問いかけに、どうにもならず、目だけがギョロギョロ・・鬼の目になって坐り込むところから、ホントの坐禅が始まります。

樹下にあつては如何?・・の問に、香厳、おかしくなって笑った・・とありますが、徳山、臨済なら三十棒、雷喝一声、天地驚く・・手立てでしょう。

 

禅を、まるで お寺の木像仏のような、悟りすましたイメージで理解してはなりません。禅は、宗教ではありません。自我意識を捨て果てて、その捨て果てた心境も捨て去って、ただ独り、自知される・・のが禅です。

 

素玄居士の頌(じゅ)と意訳で、頭でっかちの禅モドキは吹き飛んだと思います。

以下、原文和訳しました。さらに屋上屋を重ねる意訳はしません。

【本則】香厳和尚云く

人の樹(じゅ)に上るが如し。

口に樹枝を啣(ふく)み、手に枝を攀(よ)じず、脚(あし)樹を踏まず、

樹下(じゅげ)に人あって西来意(せいらいい)を問わば、對(こた)えずんば即ち他の所問(しょもん)に違(そむ)く、若(も)し對えなば、また、喪身失命(そうしんしつみょう)せん。まさに恁麼(いんも)の時、作麼生(そもさん)か對えん。

無門曰く

たとい懸河(けんが)の辯(べん)あるも、惣(そう)に用不着(ようふじゃく)。一大蔵経(ぞうきょう)を説(と)きうるも、また用不着。もし者裏(しゃり)に向かって對得着(たいとくじゃく)せば、従前の死路頭(しろとう)を活却(かっきゃく)し、従前の活路頭(かつろとう)を死却(しきゃく)せん。それ或いは、未だ然(しか)らずんば、直(じき)に到来(とうらい)をまって、彌勒(みろく)に問え。

頌(じゅ)に曰く

香厳 真に杜撰(ずさん)なり。悪毒盡眼(あくどくじんげん)なし。衲僧(のうそう)の口を唖却(あきゃく)して、通身に鬼眼(きがん)を迸(ほとばし)らす。

 

☆★湯 沸(わきた)って茶を淹(い)るるによし(素玄居士)☆★

無門関 講話・意訳

【胡子無鬚】(こし むしゅ)第四則

【本則】或庵(わくあん)曰く・・

西天の胡子(こし)何に因ってか鬚(ひげ)なき

蘆葉(ろよう)の達磨(ひげむじゃらの達磨さん)・・この多毛の外人に鬚(ひげ)がない。ひげがあるのにそれを鬚なし・・という。これはどうしたことか。

 

南半球の夜空で北斗七星を探す・・そんな論理や知性から矛盾したことを『解く』のが禅であり、それを体観することを『悟り・大覚』というのなら『禅は訳の分からぬ問答をこねくり回して人を騙しているのではないか』となります。また、思考分別の範疇外(はんちゅうがい)のものを表現せよといわれて(公案にはそんな難題が沢山あります)あえて表現しようとすれば、まるで気が狂ったような言い方にならざるえません。

かえって禅は【父母未生以前(ふぼみしょういぜん) 本来面目(ほんらいのめんもく)】・・父母の生まれぬ以前の「自分とは何か」・・とか、私の座右銘とする【何似生】(カジセイ・比較コピペすべきもない自分とは】とか・・

言詮(げんせん)できない「矛盾そのもの」を、論理的思考(脳)に刺激を与えて、解決することを要求するのです。

 

『無門関』や『碧巌録』は、禅を会得して生活をするためのいわば問題集。その中身は単純明快。因果由来を無視してズバリ矛盾の問題をつきつけます。そして先達の見解(偈げ)・頌(じゅ)・評語(ひょうご)は、数行、末尾に附記されています。

禅のパスポートでは、各則の冒頭、禅は宗教ではないと喝破した、素玄居士の見解を最初のタイトルにしています。

●無門関も碧巌集にも評とか頌とか提唱する者の見解がチャント道われてある。

それを提唱に附けなければ値打がわからん。この頃の提唱には無いようじゃが、それは卑怯で、つまり未悟底なのじゃ。

この素玄曰く・・は、正札をブラ下げて店先に並べたのじゃ。たいして値打がないので恥ずかしい限りじゃが、本にした以上、これが責任じゃ。

高いか安いか、さらしものじゃ。頌としなかったのは取材や文体の自由を欲したからである。

緒言 略記。「提唱 無門関」素玄居士(高北四郎)狗子堂 昭和12年刊

 

無門曰く、参はすべからく實参(じっさん)なるべし。

     悟はすべからく實悟(じつご)なるべし。

者箇(しゃこ)の胡子(こし)、

直(じき)に須(すべか)らく親見(*しんけん)一回して始めて得(う)べし。

親見と説くも、早く両箇(りょうこ)となる。

坐禅して見性(大覚)しなさい・・の意。

*悟って見解(けんげ)を述べても、有・無の対立意見でしかないことに注意!

 

口先の観念論では透らない。

第四則は、公案のなかでも特に禅機はつらつ・・ピチピチ躍動している問いです。万巻の禅の解説本をひも解いても、この公案一則の透過、見性にかないません。まして「役立たずの独りポッチ禅」でなければ、自覚出来ないのです。

 

頌(じゅ)に曰(いわ)く 

痴人面前(ちじんめんぜん) 夢を説(と)くべからず。

胡子無髭(こしむしゅ)

惺々(せいせい)に懞(もう)を添(そ)う。

余分なことですが、鬚の有る・無しに拘泥(こうでい)したり、南半球の夜空に、北斗七星を探すなどの言葉に釣り上げられてはなりません。

どの公案でも、その公案の事象について回る答えであれば正解ではありません。

*蘆葉(ろよう)の達磨・・インドから蘆の葉で作った粗末な船で中国に海路をやってきた達磨さん・・の意。

*惺々(せいせい)に懞(もう)を添(そ)う・・「懞」とはカスということ。、清水に汚れた泥を加えること・・この公案、本当に言うべきことも無く、説くべきこともない。真の惺々諾(せいせいだく)とせず、いかにも禅を修行したとか、坐禅を修行したとかいう者がいる。(山本玄峰著 無門関提唱 大法輪閣発行)

禅は、三分間の独りイス禅(ポッチ禅)から始めるにしても、無門曰く【實参・實悟なるべし】と・・玄峰老師や無門老師の言葉・・忠告しておきます。

 

「禅」の頂上が見えてきたら、地図・解説など眺めている閑も必要もありません。ヒタスラ登るだけ。おせっかいな道筋案内、地図は、かえって迷いがでて邪魔です。捨てねばなりません。

つまり独りポッチ禅は、寝る禅、トイレ禅、寝起き禅、食前・食後禅、休憩禅、仕事禅、入浴禅など、やれる範囲で寝ても覚めても、おりおりに行(おこな)ってください。スマホで遊ぶのと違い、たったの三分間・・ですが、はじめは三十分位の長い時間に思えます。たかが三分・・されど三分、独りポッチ禅です。

会(有)難うございました。折あれば「はてなブログ 禅者の一語」ご覧ください。

 *pc買い替え、未熟のため6/21まで、このまま!

◆肥後の神、鉛筆削りの手がそれて「あいたゝたゝ」と、口は云うなり(附/素玄居士 頌・提唱)

無門関 【倶胝竪指】(ぐてい じゅし)第三則 

俱胝老師は、求道者が問答に来るたび、何事も語らず、ただ1本の指を立てて示すだけ。それでも、巷(ちまた)で話題になり、関心を呼んだ。禅庵には、世話をする小僧がおり、使いのついでに見かけると、求道者が声をかけた。

「俱胝さんは、日頃、どんな様子の説法をなさるのだい?」

小僧は見慣れた風でスッと指を立てて見せる。

他愛もないコピペだった。

トコロガ・・ある時、老師の指立て問答を小僧がやって見せている・・との噂を聞いて、俱胝、機至れりと小僧を呼んだ。「わしの説法、どんな様子だ」と、尋ねたトタン・・小僧、いつもの伝で、指を一本、スッとたてた。俱胝、すばやく小刀で、その立てた指をチョン斬った。

ワッとびっくりした小僧、指先から血を吹きだして、泣きながら逃げ出した。

俱胝老師、すかさず逃げ去ろうとする小僧の名を呼ぶ。

小僧が振り返りざまに、俱胝は、問答の「一指頭」・・指を立てたのである。小僧は、一瞬、血の出る指を立てかけて・・自分を忘失。大悟した。

(その後、小僧の名や消息、切られた指の行く末は記述にない)

 

後日談・・俱胝老師が遷化なさる時、我は・・師の天龍から、たったの指一本の「禅=禅による生活」を得たけれども、生涯、使い切れなかった・・と言われた。

*この公案は「達磨安心」の不可得(ふかとく)。日本の白隠「隻手音声(せきしゅおんじょう)片手の声を聞く」の公案、同意です。

ただし・・マネごとでも人は危(あや)めるなかれ。生兵法は大けがのもと。

倶胝和尚には、門前の小僧が相当の禅境(地)に達している・・との見極めがあったからこその禅機・発揚の行動です。

  

         【本則】倶胝(ぐてい)和尚 凡(およ)そ 詰問(きつもん)あれば

   唯(ただ)、一指を挙(こ)す。(禅の質問には指を立てるだけ)

   後に 童子(どうじ)あり。因(ちなみ)みに外(の)人問う。

   和尚 何の法要(ほうよう)をか説(と)く。

   童子も亦 指頭(しとう)に竪(た)つ。(和尚と同じに指を立ててみせた)

   胝 聞きて 遂に 刃をもってその指を断つ。

   童子 負痛號哭(ふつうごうこく)して(あまりの痛さに泣き叫んで)去る。

   胝 復(ま)た 之を召す。(俱胝和尚、すかさず彼を呼び返した)

   じゅ童子 首を回す。(その振り向きざまに・・)

   胝 却(かえ)って指を竪起(じゅき)す。(ジュキ=立てる)

   童子 忽然(こつぜん)として頓悟(とんご)す。(突然に大覚した)

 

   胝 将(まさ)に順世(寂滅じゃくめつ)せんとす。

   衆に謂(い)いて曰く。

   吾れ天龍(倶胝の師から)一指頭(いっしとう)の禅を得て、

   一生 受用不盡(じゅようふじん・使いきれず)と。

   言い訖(おわ)って滅を示す。(亡くなられた)

 

無門曰く、この公案で『ハハ・・ン』と得心しなければ、次のチャンスはないぞ・・

この悟境を手にすれば、釈尊・達磨・天龍・俱胝・童子すべて差異はない。

  *無門曰く、

   倶胝 並びに童子の悟處(さとるところ)は指頭(ゆびさき)の上にあらず。

   もし、このうらに向って見得すれば、

   天龍同じく俱胝並びに童子と自己とを一串に穿却(せんきゃく)せん。

 

指が一本とか・・はたまた両手を開いて全部見せたところで、こだわり、妄想が増えるだけ。

かって、倶胝和尚は坐禅中に、悟道の尼さんに禅床(ぜんしょう)を三回、回られ『道(い)い得れば留まろう』と詰問(きつもん)されて答えられず・・後日、師の天龍和尚に尼さんのことを話したところ、天龍は何も言わず『一指を竪て』て、禅境を曝(さら)け出しました。

俱胝和尚はここで「廓然無聖(かくねんむしょう)」碧巌録第一則(からりと晴れた青空のように)大悟したのです。

その上、義理堅く、一生 指頭禅(しとうぜん)を使い続けて、なお、お釣りが来た・・と大喜び。

ただし指先じゃなく倶胝の腹元・足元をしっかりと見極めることが大事です。

金華俱胝和尚(金華山・・不詳。仏教迫害の武宗皇帝・・845年頃。師は杭州天龍)

碧巌録第十九則「俱胝只竪一指(ぐていしじゅいっし)」と同義公案

 

頌に云く、黄河に太華山あり。洪水の季節に、この山があるため、人々、氾濫に苦しむ。これを巨靈神が難なく手をもって華山を二つに分け、難を除いたとの逸話がある。

俱胝が小僧の指を断って、大悟せしめた功徳と同じ・・との意。

   頌に云く 俱胝、老天龍を鈍置(どんち)す。

   利刃を単提して小童を勘(かん)す。

   巨靈(きょれい)、手をあぐるに多子(たし)なし。

   華山の千萬重を分破(ぶんは)す。

 

●折あれば・・「はてなブログ 禅者の一語」碧巌の散策(碧巌録 講話・意訳)ご覧ください。

●百丈山 堕脱の老人、東京街頭 脱堕の野狐(附/素玄居士 頌・提唱)

  • さあ・・それでは、これから(第一則は、ラストにして)第二則から紹介いたします

 野狐(ヤコ)禪についてお話します。

無門関 第二則『百丈野狐』にある禪の達道者は、はたして因果(いんが)応報(おうほう)の世界に堕(お)ちるか・・どうか・・の有名な公案(問題)です。

「人生、原因あれば結果あり。罪をつくれば報いあり」と、解かりやすい話だけに、チョット物知り顔で禅の解説をしようものなら「アンタ、ヤコゼンネ」と、たこ焼きでも食べたように批判されます、坐禅をすると、言葉や考えの元「文字」のアヤフヤサに否応なく気付きます。

当てにならないのです。例えば「熱い」といっても、物質(の電子運動量による)が、どの程度、熱いのかは、時々刻々と変化していて、比較のしようがありません)正確には解からないものを、一応、相対的な基準値を設定して、わかったことにしておく・・のが言葉、文字、法律、物理などの世界です。

だから、言葉(文字)、哲学、理論で、禪の何たるかを理解しようとしても、無理だというのが、この百丈野狐、禪の核心にふれる面白いところです。

不昧因果の師・百丈と弟子・黄檗のやり取りが劇的です。

ここではキツネから出戻りした「禪による生活」のサワリを現代風に紹介します。

 無門関 講話・意訳 百丈野狐(ひゃくじょう やこ)第二則

【本則】昔、百丈和尚の禪講座をたびたび聴きに来る老人が言いました。私は、五百生(代)の以前、当山で修行していた者ですが、ある時『大修行底の人は、因果応報(いんがおうほう)の苦厄(くやく)に堕ちるか?』と問われて『不落(ふらく)因果(因果関係に落ちない)』と答えました。トタンに、虚言を吐く口頭禪(こうとうぜん)の輩(やから)とばかり五百年間、野狐に変身させられております。

・・どうぞ助けてください。

百丈『では、問いなさい』

老人(野狐)『物事の事理に明るく、我利に執着せず、精進(しょうじん)修行(しゅぎょう)する人は、因果律(いんがりつ)に拘束(こうそく)されない・・不落(ふらく)因果(いんが)ですか?』

師 曰く『不昧(ふまい)因果』

因果を昧(くら)まさず、因果に昧(くら)からず。

因果応報の世にあつて、因果と戯(たわ)ぶれ、応報に遊ぶ・・

この一転語(いってんご)で、老人は、野狐身から脱(ぬ)けられた・・という。

後に山の岩穴に、狐の死骸をみつけて、丁寧に弔ったが・・ここから第二則の本題・・ 

大事です。

その夜、百丈は弟子の黄檗(おうばく 後の黄檗宗開山)に、野狐になった求道者の話をした。

黄檗、鋭く師を問い詰めます『もし、その老人が、誤りなく〔不昧(ふまい)因果(いんが)〕と答えたら、どうなりましょうや?』

師『近前来(きんぜんらい・もっと近くにおいで・・お前だけにそっと教えよう)』

(ここは探竿影草(たんかんえいそう=水中の藻を竿で探る・・相手の出方・力量をさぐる言葉・・用心!)

もし百丈・・【その求道者 不昧因果と正解を答えても『やはり野狐身だ』などと言おうものなら、この芝居ぶちこわしです。お前だけにそっと教える真実・・どんなことか。

近くに来いと言われた黄檗は、師の前に来て、いきなり師の頬を平手打ちした。

(ピシリと打つか・・むしろ、ここは・・ご老師よ、化かされずに目を醒ましなさいと、ポンポンと軽く頬を叩く風にした)これに百丈 手を打って大笑い。

弟子=黄檗の対応、その仕草を高く評価したのです。

そして・・『胡人(こじん)の鬚(ヒゲ)は赤い。さらに赤ひげの胡人がいる』と芝居のくくりこみをした。

つまりは大見得の見解(けんげ)をご披露したのです。この名優同士の仕草は見ほれるばかり。だるまさんの髭は赤い。さらに赤髭の達磨がいる・・。

  【本則】百丈和尚、凡(およ)そ参(さん)の次(つい)で、一老人あって常に衆に從っ   

  て法を聴く。衆人退(しり)ぞけば老人もまた退く。

  忽ち一日退かず、師遂に問う。「面前に立つ者はまた是なんぞ」

  老人云く「諾(だく=ハイ)、某甲(それがし)は非人なり。

  過去、迦葉佛(かしょうぶつ)の時においてかってこの山に住す。

  因(ちな)みに学人問う

     「大修行底(たいしゅぎょうてい)の人、因果に落つるや、また なきや」

  某甲對(こた)えて云く「因果に落ちず」と。

       五百生野狐身(ごひゃくしょうやこしん)に堕(お)つ。

  今請(こ)う、和尚代(かわ)って一轉語(いってんご)せば

       貴(たっとぶ)らくは野狐を脱せしめよ。

  遂に問う「大修行底の人、還(かえ)って因果に落つるや也(また)なきや」

  師云く「因果を昧(くら)まさず」と。老人言下に大悟し禮をなして云く。

 「某甲、すでに野狐身を脱す。山後に住在せん。あえて和尚に告(もう)す。

  乞う、亡僧(もうそう)の事例(じれい)に依(よ)られんことを」と。

  師、維那(いのう・庶務担当)をして白鎚(びゃくつい・板を叩いて)

      衆に告(つ)げしむ。食後(じきご)に亡僧を送らんと。

      大衆言議(ごんぎ)す。一衆(いっしゅ)皆安(みなやす)し、

       涅槃堂(ねはんどう)にまた人の病(や)むなし。何が故ぞかくのごとくなる。

       食後にただ師の衆を領(りょう)じて、山後の巌下(がんか)に至(いた)り

       杖をもって一死(いっし)野狐(やこ)を挑出(ちょうしゅつ)して

       即ち火葬に依(よ)るを見る。

  師、暮れにいたって上堂、前の因縁を擧す。

  黄檗すなわち問う

 「古人、錯(あや)まって一轉語を祇對(したい)して五百生野狐身に堕す。

  轉々錯(てんてんあやま)らずんば、この甚麼(なに)とか作(な)る」

  師云く「近前來(きんぜんらい・まえに来なさい)

  かれがために道(い)わん(言って聞かせよう)」

  黄檗、ついに近前して、師に一(いつ)掌(しょう)をあたう。

  師、手を打って笑って云く「将(まさ)におもえり、胡髭赤(こしゅしゃく)と。

  さらに赤髭胡(しゃくしゅこ)あることを」

無門云く、不落因果、なんとしてか野狐に堕す。

不昧因果、なんとしてか野狐を脱す。

もし者裏(しゃり)にむかって一隻眼(いっせきがん)を著得(じゃくとく)せば、すなわち前百丈をかちえて、風流五百生を知得(ちとく)せん。

 

頌(じゅ)に云く「不落不昧(ふらくふまい) 両采一賽(りょうさいいっさい)・・(二つのサイコロが、おなじ目を出す)

不昧(ふまい)不落(ふらく) 千錯萬錯(せんじゃくまんじゃく)」・・(どちらの場合も、間違い、大間違いだ)

 

無門云く どうして不落因果で野狐(やこ)に堕(だ)し、不昧因果で野狐を脱却(だっきゃく)できるのか。

得道の者なら、五百年野狐たりしことも也風流(やふうりゅう)・・(因果の世界も悪くはないぞ)

(注)これで禪の何たるかが解かった・・というのなら再び『野狐』へ逆戻りです。

 

頌に云く 禪は、大学や入社試験の口頭面接じゃあるまいし、言い訳など一切不要。誰にも教わらない、自分とは・・の大発見。大発明の「一語」が身に着いているかどうか・・身に着いておれば、二つも三つも、四つも五つものサイコロの目を、何度でも、ゾロ目にすることはたやすいことだ。

【附記】道元の語に「心身脱落・・脱落心身」とある。先の、「胡人の髭赤、赤髭の胡人」の読み取りよう・・誤解すれば、迷いに迷うことになる。

禅は学問ではない。解説は不要ですが、禅の極所にいたる道筋はいくらでも話すことができます。無門関を解説する者は、公案に透っていることを見せねばなりません。無門関、碧巌集には必ず「評」とか「頌」とかチャント載っているのに、残念ながら、現代の師家、提唱者は見解(けんげ)を披露しません。これは密室の参事・・師と弟子の二人でコッソリと・・言い訳していますが、要は未悟、透過のしていない証拠。

山本玄峰老師の無門関提唱(大法輪閣昭和35年)を読むと・・「この則は難透の公案の一つだが、自分ほど徹底した者はないと思う。この則でずいぶん骨折ったが、徹底した自信がある。何としてか野狐を脱す・・一隻眼というても片目じゃないのだぜ。右にも左にもつかんところの心眼、摩醯首羅(まけいしゅら)の一目といって、真ん中にタテに切れてひとつ・・」と、土壇場ギリギリの提唱。あとは、チョット線香臭いが。良寛の「裏を見せ表を見せて散る紅葉」それに・・戦前、禅は宗教じゃないと喝破した素玄居士(高北四郎)の提唱位しか、ズシンとくる見解(けんげ)は見当たらない。

●百丈は奇特な事として「独坐大雄峰」の一語を発した禅者だが、胡人の鬚赤にして赤ひげの胡あり・・と、自分で自分が可笑しくなって、手を打って大笑い・・したそうな。

 

サナギが蝶になるように・・禅のパスポート=【無門関むもんかん】を意訳します

禅のパスポート=無門関 講話・意訳 2017-4-29~

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