禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート 無門関NO28

尊き大道も書物の時は、

世の中の用を潤沢(じゅんたく)することなし。

(水の氷たるが如し。さて氷となりたる経書を世上の用に立てんには、よく溶かして元の水として用いざれば潤沢にはならず無益の物なり。二宮尊徳/夜話) 

二宮尊徳の格言・・例えれば、文字言語は水が硬く凍り付いた「氷」の状態であり、活用しようとすれば、溶かして水にしないといけない。

実際に畑を潤おし、人の喉の渇きを癒すのは「水」の働きである。

水は方円にしたがい自由自在である・・の意。

 

     無門関 久響 龍潭(きゅうきょう りゅうたん)第二十八則

【本則】素玄居士の提唱を、ソノママに記述します。

徳山は金剛経を講じ、南方に魔子(ます・ZENという仏法破壊者)ありて、即心即佛というを聞き、これを打殺せんとして金剛経 疏抄(しょしょう・詳細な解釈、講義資料付)を肩に担い、龍潭を訪ねて、この商量(問答)となった。

紙燭(ししょく)を消して黒漫漫(こくまんまん)か、こんなところで悟ったら無我夢中じゃ。徳山の云うことを見てもわかる、和尚の即心即佛を疑わずと。力の抜けた矢のようなもんじゃ。

何で「牟(む)う」と云わぬ。暗闇(くらやみ)の黒牛じゃ。

そしたら俺は讃(ほ)めてやるがな。龍潭も出放題に讃めちぎっている。とかく禅を修じはじめは、チョット手がかりがついたような気がするが、そんなことで也太奇(やたいき・奇跡的)だとか何だとか、独りで偉がるのがある。しかし徳山は、後来、豪物(ごうぶつ)になるだけに、疏抄を焼いたが、こんな荷物をかついで歩くのも大変なわけじゃ。お経と禪とは全然 別物で、そこがわかっただけでも、まずまず結構。

  【本則】龍潭、ちなみに徳山 請益(しんえき)して夜にいたる。

    潭云く「夜ふけぬ。なんじ何ぞ下り去らざる」

    山 ついに珍重(ちんちょう)して廉(れん)をかかげて出(い)ず。

    外面の黒きを見て却囘(きょうい)して云く「外面くらし」

    潭すなわち紙燭(ししょく)を点じて度與(どうよ)す。

    山 接せんと擬(ぎ)す。潭すなわち吹滅(すいめつ)す。

    山 ここにおいて忽然(こつぜん)として省(しょう)あり、

    すなわち作禮(さらい)す。

    潭 云く「なんじ、この何の道理をか見る」

    山 云く「それがし今日(こんにち)より去って

         天下の老和尚の舌頭(ぜっとう)を疑わず」

    明日にいたって龍潭 陞堂(しんどう)して云く、

   「このうち この漢あり。牙釼樹(げけんじゅ)の如く、口 血盆(けつぼん)に似たり。

    一棒に打てども頭(こうべ)を回(めぐ)らさず、

    他時異日(たじいじつ)孤峰頂上(こほうちょうじょう)に向かって、

    吾が道を立(り)っすることあらん。

    山ついに疏抄(しょしょう)を取って法堂前において、一炬火をもって

    提起して云く、諸(もろもろ)の玄辯(げんべん)を窮(きわ)むるも、

    一毫(いちごう)を太虚(たいきょ)におくが如く、

    世の枢機(すうき)をつくすも一滴を巨壑(きょがく)に投ずる似たりと。

    疏抄(しょしょう)をもってすなわち焼き、ここにおいて禮辞(らいじ)す。

 

素玄曰く 映画の殺陣(たて)・・コロリと死んでる。

【無門曰く】(この・・無門曰くと、頌に曰く・・は、どの則も意訳です)

徳山は龍潭に至るまで、学問知識の自慢でいっぱい。ZENの不立文字の意味すら、知識解釈で用足りると思い込んでいた。

行脚(あんぎゃ)の途中、茶店のヤリ手婆さんとの「點心(てんじん)問答」・・金剛経の一説「過去心、現在心、未来心、すべて不可得(ふかとく、あり得ない)のに、昼飯がわりの食事(點心、てんしん)、いったいどこに點ずるのか?答えられずに徳山の口は「への字」になってしまった。

この「ココロを点ずる」のはどこか・・道うて見せよ・・そうずればモチ代は無料にしてやる・・に答えられず、自慢の鼻をへし折られたが、コノコトを教えてくれた先生の居場所だけは突き止め、龍潭にたどりついた。

だが、まだ負けず口だけは達者だった。

「ナンダ・・ハロバロと辿り着いてみれば、龍が棲みつくような淵もなければ・・ただのチッポケな池があるだけじゃないか」

このように龍潭に参禅、問答した由来は、徳山にとっては大事かもしれないが、私やアナタにはどうでもよいこと。

龍潭は、多少、見どころのある徳山に・・妄想の火だね・・があることを見抜いて、夜更けの話の帰り際、明かりを吹き消す・・思い切りの冷や水を頭から浴びせたのである。徳山、省あり・・これは悟りではない。禅機に気づいた状態(知識を氷とすれば、心が自由に行動できる水の状態)で、これからコノコト(色即是空)を、生活の中に体験していく修養の始まりにすぎない・・ので、冷静に見れば、この公案・・一場のコントなのである。

   【無門曰く】徳山いまだ関を出でざる時、心墳墳(こころふんぷん)口悱悱(くちひひ)

    とくとくとして南方に来って、教外別伝の旨を滅却せんと要す。

    禮州(ほうしゅう)の路上にいたるにおよんで、

    婆子(ばす)に問うて點心(てんしん)を買わんとす。

    婆云く、大徳(だいとく)、車子(しゃし)の内(うち)是れ何の文字ぞ。

    山云く、金剛経の疏抄。

    婆云く、ただ経中に云うが如くなれば、

    過去心も不可得(ふかとく)、現在心も不可得、未来心も不可得と。

    大徳、那箇(なこ)の心をか點ぜんと要するや。

    徳山この一問を被って、直に得たり口扁擔(くちへんたん)に似たることを。

    しかも かくの如くなりといえども、あえて婆子の句下(くげ)に向かって死却せず。

    遂に婆子に問う、近所に何の宗師かある。

    婆云く、五里の外(ほか)に龍潭和尚あり。

    龍潭に到るにおよんで敗闕(はいけつ)をいれ盡(つく)す。

    いいつべし、是れ前言後語に応ぜずと。

    龍潭、おおいに児を憐れんで醜(みにく)きを覚えざるに似たり。

    他の些子(しゃし)の火種(かしゅ)あるを見て、郎忙(ろうぼう)して

    悪水(おすい)をもって驀頭(まくとう)に一澆(ぎょう)に澆殺(ぎょうさつ)す。

    冷地に看(み)きたらば、一場(いちじょう)の好笑(こうしょう)ならん。

 

【頌に曰く】百聞一見に如かず・・というが、一目見ただけでは、教外別伝(仏教のそと・・別の教え)は、簡単に納得できない。ではどうするか・・徳山は、鼻を捻じられることは防いだが、イキナリ眼をつぶされて、おかげで禪のことが少しわかったようだ。

    【頌に曰く】名を聞かんよりは面(おもて)を見んには如(し)かず。

    面を見んよりは 名を聞かんには如かず。

    しかも鼻腔(びくう)を救いうるといえども、

    いかんせん、眼晴(がんせい)を瞎却(かっきゃく)することを。 

 

【附記】

*徳山宣(とくさんせん)鑑(かん)(蜀、四川省の禅者780~865)若くして、すでに一角の仏教学者であつた徳山(周金剛は、南方に「禅」という不立文字教が流行っていると伝聞して、悪魔の教えを破壊すべく、講釈用の金剛経を引っ担ぎ、蜀をでて南下。途中、禮州路で茶店の婆さんに「どこに点心するのか」と問われて、答えられず、手ひどくやり込められた。そのあと、龍潭に尋ね、夜分に到る問答で、明かりを吹き消されて1本負け。自慢の金剛経を焼き捨てた・・話である。

龍潭を辞して、その足で潙山(いさん)霊(れい)祐(ゆう)のところにやってきた問答は、碧巌録第4則「徳山 潙山に到る」で詳しく紹介します。

 

 

 

禪のパスポート・・無門関 第二十七則 素玄居士提唱(意訳)

     無門関 不是心佛(ふぜ しんぶつ)第二十七則

【本則】素玄居士提唱(今回も原文のまま、意訳しません)

人のために説かざる・・の法は・・何のための法か。

人だとか犬だとか馬や木や、そんな相手を目当てにせぬ法もあるのじゃと、南泉も出鱈目(でたらめ)なことを吐(ぬ)かすが、これも南泉の手腕じゃ。

禪をしっかり掴んでおれば、何を言っても、それが通るのじゃ。

さすがに趙州の先生ほどあって すらすらとよくも口から出るわい、この心を不とし、この佛(禪)、この物を不とするのじゃと、萬象を抹殺し去って・・この何をか説く。

 

  【本則】南泉和尚 ちなみに僧 問うて云く

  「還(かえ)って人のために説かざる底(てい)の法ありや」

   泉云く「有り」

   僧云く「如何なるか是れ 人のために説かざる底の法」

   泉云く「不是心(ふぜしん)、不是佛(ふぜぶつ)、不是物(ふぜもつ)」

 

素玄曰く 欧亜連絡、仏国ドレ機、高知海岸に不時着。

      飛行機大破。二鳥人は軽症、まずまず安心。

*ちょうど、こうした大陸横断のフランス機が高知県に不時着する事件があったようです。飛行士2名は軽症で無事との報道に、素玄居士、一安心した様子がうかがえます。

*1937=昭和12年5月26日夕方、フランスから香港経由、東京に向かう百時間懸賞飛行の中、コードローンシムーン単葉ツーリング機、搭乗マルセル・ドレー/フランソワ・ミケレッチは、四国の戸原海岸に不時着。2名は地元の人々に軽症で救助された。のちフランスに帰国。同時期、星の王子様で有名なサン・テグジュベリもサハラで不時着し、九死に一生を得ている・・そうだ)

 

【無門曰く】(この・・無門曰くと、頌に曰く・・は、どの則も、私の意訳です)

あんまり説きすぎるのも良くないゾ。

隠すこと一切なし・・とはいえ、隠さなすぎるのも問題。私財のありたけを放り出してしまって、どうするつもりかな。

 【無門曰く】南泉この一問を被(こうむ)りて、直に得たり 

  家私(かし)を揣盡(しじん)して 郎當(ろうとう)小(すく)なからざることを。

 

【頌に曰く】説きすぎは自分の徳をそこなうばかりか、お釈迦様まで傷つけることになる。

いっそのこと黙っておればよかった・・。

たとえ、地球の海水が1滴も無くなろうと、こんなことはイワナイ・・の覚悟でおれば、すべてが安泰だっただろうに・・。

  【頌に曰く】叮嚀(ていねい)は君徳(くんとく)を損(そん)す。

        無言 眞(まこと)に功有(こうあ)り、さもあらばあれ、

        滄海(そうかい)は変ずるとも、終(つい)に君が為に通(つう)ぜず。

 

奉魯愚「禅者の一語・・碧巌録意訳/羅漢と真珠・・禅の心、禅の話」おりにご覧ください。

            有(会)難うございました。      

 

 

 

  

禅のパスポート 無門関NO26  

簾を巻き上げれば、青空が見える

       ・・だが大空は禅ならずジャ!

 

    無門関 二僧 巻簾(にそう けんれん)第二十六則

【本則】素玄提唱(原文のまま・・意訳ありません)

この一得一失が禅の妙じゃ。

二僧同じく去って簾を巻く、歩き具合も手つきの様子も、眼つきも腰つきも何一つ書いてないのじゃ。

そんなことは無用じゃ、それなら・・どこに一得一失があるか、

臨済は賓主歴然(ひんしゅれきぜん)という語を用いているが語意いよいよ同じじゃ、がまた別なりだ、

無礙縦構(むげじゅうこう)の禅機は、書いて書かれぬことはないが、そんなことは読んだだけではナルホドというだけで他人の刀を借りて振り回すようなもんじゃ、剣道の技倆(ぎりょう)にはならん、

かえって他を傷つけ自からを害(そこ)なうのみじゃ、

教えられるとその人に禅が湧いてこぬ、

学人を毒することになる、また学人の為にもならぬこともあるのじゃ、また教えたところで悟りにはならぬ、

要は悟るにある、悟れば一得一失がわかる、

サア法眼のこの禅機を勘破(かんぱ)せよ。

   【本則】清涼(せいりょう)の大法眼(だいほうげん)、

    因(ちな)みに僧、斎前(さいぜん)に上参(じょうさん)す、

    眼、手をもって簾を指す。

    時に二僧あり、同じく去って簾を巻く。

    眼曰く、一得一失(いっとくいっしつ)。

 

素玄曰く ラジオの天気予報、

      東の風又は西の風・・晴れ又は雨。 

 

【無門曰く】(この無門曰くと、頌に曰くは、どの則も意訳です)

二僧の誰が良し・・であり、誰が至らぬ・・のか。

もし、ちゃんとした見どころを押さえた者であるなら、清涼国師の大事な、基準点がわかろうというものだ。

(素玄云く・・サラケ出してやったぞ。得も失もアルモンか!)

  【無門曰く】しばらく道え、これ誰か得 誰か失。

   もし 者(しや)裏(り)に向かって、一隻眼(いっせきげん)を著(じゃく)得(とく)せば、

   即ち清涼国師 敗闕(はいけつ)の處を知る。

   しかも かくの如くなりといえども、

   切に忌(い)む、得失(とくしつ)裏(り)に向かって商量(しょうりょう)することを。

 

【頌に曰く】簾を巻けば、清々しい青空が見えてくる・・

これが禅だと思うと大誤解となる。・・大空は禅ならず。

ここのところをしっかりツカメ。けれども、閉め切って風通しが悪いのも禅ならずじゃ。

どうも、この頌は少しソグワヌところがある。

   【頌に曰く】巻起(けんき) 明明として太(たい)空(くう)に徹す、

    太空なお いまだ吾宗に合(かな)わず。

    いかでか似(し)かん 空よりすべて放下(ほうげ)して

    綿綿(めんめん)密密(みつみつ) 風を通(つう)ぜざらんには。

禅のパスポート 無門関NO25 (無い門を) 叩けよ・・さらば開かれん!(seisyo no Kopipe)

    無門関 三座説法(さんざ せっぽう)第二十五則

【本則】潙山霊祐の弟子、仰山(ぎょうさん慧寂けいじゃく 814~890)潙仰宗(いぎょうしゅう)の開祖の夢談義。

彌勒(みろく)菩薩(ぼさつ)の所に招待されて、第3座(講演)を依頼された。

司会者がカチンと机を打って(白槌)、居並ぶ菩薩や羅漢、居士達が注目する中、仰山を紹介した。

仰山「それ摩訶衍(まかえん)・・大乗(禅)の法は・・四句(一異有無を離れ)×過去+現在+未来+未起+巳起=百非・・を絶す。

よくぞ、大事なコノコトにお付き合い頂いた」と喋った所で・・目が覚めたトサ。

禅語、問答に出てくる定番「四句百非」わざわざ勘定するに及ばない・・要は言語を絶する・・禅の意。

坐禅して何か納得できたら、早く行動して身に着けて、「コノコト」の覚悟は忘れることだ。

上味噌は、ミソ臭くはない。

 【本則】仰山(ぎょうさん)和尚 夢に彌勒(みろく)の所に往(ゆ)いて第三座に安(あん)ぜらる。

    一尊者あり、白槌(びゃくつい)して云く。今日(こんにち)第三座の説法に當たる。

    山すなわち起って白槌して云く、

    摩訶衍(まかえん)の法は、四句を離れ百(ひゃく)非(ひ)を絶す。

    諦聴(たいちょう)、諦聴と云うを見る。

*禅は、四句百非・・仏教学を学ぶのではないから、月を指さす指先のゴチャゴチャした文句は学者にまかせて、直ちに本題の月を仰ぎ見るがよい。白槌で始り白槌で了わる・・それが禅です。

 

素玄云く・・寝言歯ぎしり、喰い過ぎのとが。

【無門云く】無門も「コノコト」の例えようがなく、仕方なく、似たような文句を並べただけ。

水槽の酸欠でクチヲパクパク足掻いている・・金魚のような菩薩サン達だ。

禅から遠きこと十万八千KM。

   【無門云く】しばらく道(い)え、これ説法するか、説法せざるか。

         口を開ければ即ち失(しっ)し、口を閉じればまた喪(そう)す。

         開かず閉じざるも、十萬八千。

*十萬八千KMとしたが、八萬四千の法蔵の経といい、読み終わり、納得するのに、どれほどの時間経過が必要か・・解からない・・の意。

 

【頌に云く】すべての生活と社会は、本来、カラリとした青空の境地なのに、夢の中で夢を説く・・騙されるなよ!目を覚ませ!

煩悩即菩提(ぼんのう そく ぼだい)だぞ!

   【頌に云く】白日(はくじつ)青天(せいてん) 夢中に夢を説く。

         捏怪(ねつかい)捏怪、一衆を誑謼(おうこ)す。 

 

 

禅のパスポート 無門関NO24 「ひと風呂浴びて・・ビールと餃子!」

禅者の一語を「おもしろくない」とか、「真面目過ぎて困り者だ」「むろん不真面目はいけない」など、評論する輩は放っておくこと。

この無門関、碧巌録に登場する、どこのだれを指して、まじめすぎは困り者だと言うのか。

 

無門関 離却語言(りきゃく ごごん)第二十四則

【本則】禅を語れば語るだけ「禅」から離れてしまう。・・では黙ってしまえば、今度は内にこもった臭いオナラのようになる。要は語黙によらず「禅」を示せ・・と、求道者は迫ってきたわけだが、風穴は、春ののどかさを詩に託して示した。

はたして、それで百点満点かどうか・・

ここで素玄居士の一言。

公案は禅か禅機かをしめすもの。何と言うても同じことの一つ事だから、一則しっかり手に入ると、千則万則みな透るのじゃ。

それがギクシャクして透らなければ本物じゃない。無門の評も頌も、素玄曰くもその通りで段々と種切れになる訳だ。

落語と同じで、噺の起承転結・・役柄の演技、セリフは、男は男らしく女は女らしく、落としどころが必ずあって、オチは同じ。

噺の筋は違うように思えても、落つれば同じ谷川の水・・つまるところは同じなのが種明かしだ。

   汝州の風穴延沼に求道者が問う。

   お喋りは災いの素。だからと言って、沈黙は金じゃない。

   息ひとつしてみせるのも悪臭無限だ。

   サア・・ZENとは何だと詰め寄った。

   風穴・・鼻先に、怒り顔で詰め寄る求道者に・・

   「この地(江南)、春先は格別だな。鳥が啼いているし、

    花は香っているし・・ひと働きしたし・・ね」

     【本則】風穴(ふうけつ)和尚、ちなみに僧問う

      「語黙は離微(りび)にわたる、如何(いかん)が不犯(ふぼん)を通ぜん」

      穴云く「長(とこしな)えに憶(おも)う  江南三月(さんげつ)の裏(うち)、

                      鷓鴣(しゃこ)啼(な)く處(ところ) 百花香(かんば)し。

 

素玄曰く いにしえの奈良の都の八重桜 今日九重に匂い塗るかな(古歌)

 

【無門云く】風穴は、春の感想詩をうまく、スパリと表現して見せた。それは、禅に背いていないが、すでに「詩であり語であり」問答の口先に乗っている。・・だけれども、今回は・・必ずしも語に堕している訳でもない・・禅者らしい境地が偲ばれる・・語黙をすり抜けた処を見抜いてほしいものだ。

   【無門云く】風穴の機 掣電(せいでん)の如く、路(みち)をえてすなわち行く。

    いかんせん前人の舌頭に坐して断ぜざることを。

    もし者(しゃ)裏(り)に向って見得して親切ならば、

    自(おの)ずから出身(しゅっしん)の路(みち)あらん。

    しばらく語言三昧(ごごんざんまい)を離却(りきゃく)して一句を道(い)いもち来れ。

 

【頌に曰く】この春を歌う詩は、風骨を表さず・・変わったところは何もない、求道者が問うたから作詞したものではない・・自然そのものが謳われている。

この詩の意味は、ああだ・・こうだ・・と理屈道理をこねるほど間違うものとなる。素直に、百花とまではいかなくても、春の花咲き乱れる温泉にでも入って、ウグイスの啼く声に聞きほれてごらん・・と言いたいね。

   【頌(じゅ)に曰く】風骨(ふうこつ)の句を露(あらわ)さず、 

           いまだ語(かた)らざるに先(ま)ず分布(ぶんぷ)す。

           歩を進めて口喃々(くちなんなん)たれば、

           君が大いに措(お)くことなきを知りんぬ。

 

 【附記】  いにしへの 奈良の都の 八重桜

      けふ九重に にほひぬるかな      伊勢大輔(61番) 

現代語訳・・昔の、奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中で、 ひときわ咲き誇っております。

 *江南・・中国、揚子江から南を江南という。北は江北。

*風穴延沼(ふけつ えんしょう896~973)臨済樹下の禅者。

 

 

禅のパスポート 無門関NO23 「伝法の袈裟、燃やせば煙バカリでいかん。枯れ枝を集めて焚き木して芋でも焼こうぞ。 

この、六祖恵能が大庾嶺(だいゆれい)で神秀(じんしゅう 明)上座と衣鉢の取り合いを演じた・・二十三則の前には、蘄州(きしゅう)黄梅県、東馮墓山(ひがしひょうもざん)の五祖弘忍(ぐにん)を訪ねる、嶺南(れいなん・・南蛮(なんばん)、獹獠(かつろう)/野蛮な猿猴(えんこう)の住人)の薪売りで母を養う蘆(ろ)行者(あんじゃ)=曹渓(そうけい)恵能(えのう 638~713)の、求道見性の話がある。

菩提(悟り=悟道の人)はあるのか・・その悟境(地)はどんなものか・・禅を伝燈するにあたり、頌偈(じゅげ)を求めた五祖弘忍に、暗夜、明上座は一篇の禅境詩を書き付けた。

   身是菩提樹   わが身こそ悟りの樹なり

   心如明鏡台   ココロは磨かれた鏡のごとき

   時々勤払拭   迷いの曇りを磨き上げして

   莫使染塵埃   ホコリやチリに汚染されぬようにすべし

あくる朝、壁に書かれた偈を読んでもらった、字の書けぬ蘆行者はついでに、ワシの詩を頼んで二つ書いてもらった・・と、正直に六祖壇経(敦煌本・恵能自叙伝)にある。

   菩提本無樹   もともと悟りに樹はよけい

   明鏡亦無台   ココロを支える台いらず

   仏性常青浄   ZENはつねに清らかソノモノ

   何処染塵埃   いったい何処にホコリつくかナ

その2 禅は学んでもつまらない。

    禅にめざめ体得してこそ大事だよ・・

   心是菩提樹   ココロこそ悟り・ZENソノモノで

   身為明鏡台   おのれは鏡の台ソノモノだ  

   明鏡本清浄   モトモトきよらかソノモノなのに

   何処染塵埃   どんなにしてもホコリはつかぬぞ

恵能の見性を見届けた弘忍は、伝燈の要らざる争いを予測して、ひそかに衣鉢を与えて船でのがすが、明上座は逃がすものかと、あとを追いかけ、この大庾嶺での舞台の幕が開く。

ただし、学者が面白おかしく解説しても、薬の効能書きを読んでも病気は治らない・・ごとく、自分が自分の心(本来の面目)を攫まないと、誰かがつかんでくれるなど期待したら大間違いだ。

サア、云く因縁はここまでにして、釈尊伝来の衣鉢を奪い取ろうとして、追いかけてきた明上座のソレカラ・・を見てみよう。

 

無門関  不思善悪(ふしぜんあく)第二十三則

【本則】上座・・ようやく山頂で蘆行者(恵能)を捕まえた。

彼は石の上に衣鉢を置いて、明上座に語りかけた。

「この衣鉢はZEN=悟りを表すもの・・力ずくで奪うものものでも、奪えるものでもない。ほしければ君が持ち去るがよかろう」

じゃ、遠慮なく頂きます・・と、取り上げようとしたが、やましい気持ちが邪魔をして、山のように重く感じて持ち上げられなかった。

往くも帰るもならず、ギラギラした燃える目で蘆行者を見上げた明上座「私は衣鉢の為に追いかけて来たのじゃない。菩提樹もなく明鏡台もない・・偈の真意が知りたいのです。どうぞ開示してください」と詰め寄った。蘆行者は、脂汗を流す明上座を傍らの石に座らせて云う。

「ここに至って、イイも悪いも価値損得は捨てなさい。さあ、この今がいま、本当の君自身とは・・」とするどく問われて・・上座は直観、省悟した。

緊張の糸が途切れて、汗やら涙やら溢れ出てきた。

「ありがたいことです。いいも悪いも基準点が消失しました。このカラッポの密語密意の他、見性の意旨はありましょうか」

蘆行者「説いたことも、君が得たことも密なるものじゃない。今、君が自分の面目を返照すれば密はかえって自分の周りにある」

「イヤハヤ黄梅山では修行が大事とばかり、本来の面目を失っておりました。いま、水を飲んで冷暖自得の心地です。行者こそ、私の師です」「(そうした禅境地なら)ワシと君と、一緒に黄梅の弘忍老師を師としよう。善く自ら、コレを護持しなさい」

  【本則】六祖、ちなみに明上座、追うて大庾嶺に至る。 

   祖、明の至るを見て即ち衣鉢を石上になげうって云く「この衣は信をあらわす。

   力をもって争うべけんや。君が持ち去るにまかす」

   明、ついにこれをあぐるに山の如くにして動ぜず。

   踟蹰悚慄(ちちゅうしようりつ)す。

   明云く「我きたって法を求む、衣のためにするにあらず。

   願わくば行者(あんじゃ)、開示(かいじ)したまえ」

   祖云く「不思善不思悪(ふしぜん ふしあく)、

   しょうよもの時、那箇(なこ)か是れ明上座が本来(ほんらい)の面目(めんぼく)」

   明、当下に大悟し、邊体(へんたい)汗ながる。

   泣涙作禮(きゅうるいさらい)して問うて曰く

   「上来(じょうらい)の密語(みつご)密意(みつい)のほか、

    かえって更に意旨(いし)ありや否や」

   祖曰く「我いま汝がために説くものは、すなわち密にあらず。

   汝もし自己の面目を返照せば密はかえって汝が邊(へん)にあらん」

   明云く「それがし、黄梅にあって衆にしたがうといえども、

       実に未だ自己の面目を省(せい)せず。

   いま入處(にゅっしゅ)を指授(しじゅ)することを蒙(こうむ)って、

   人の水を飲んで冷暖(れいだん)自知(じち)するがごとし。

   いま行者はすなわち某甲(それがし)が師なり」

 祖云く「汝もし是の如くならば、すなわち吾と汝と同じく黄梅を師とし、よく自ら護持せよ」

 

素玄曰く 大庾(だいゆ)嶺上(れいじょう)、衣鉢(いはつ)を擲(なげう)ち、おもむろに腰の煙草入(たばこい)れを探(さぐ)れば、明上座すでに来たって悪鬼に似(に)たり。

大庾嶺上(だいゆれいじょう)風冷なり。傳衣(でんい)を焚(た)いて暖(だん)をとる。(糞造衣は煙バカリでるのう・・枯れ枝を集めなさい)

密(みつ)は汝の邊(ほと)りにあり。

 

【無門云く】大庾嶺の山頂で、目を血走らせて求道、問法の明上座を相手に、事情切迫のため、ZENの殻をむきタネを取り去り、食べやすい大きさに切って、フォークにさして口元に運んでやる・・とは・・。だから蘆行者・・いつまでも頭を剃らず、素人ぶって放浪していたのか・・親切にもホドがある。

  【無門云く】六祖 謂(いい)つべし、

   この事は急家(きゅうけ)より出(い)ずと、老婆(ろうば)親切(しんせつ)なり。

   たとえば新荔支(しんれいし)の殻(かく)を剥(は)ぎ終り、

   核(かく)を去りおわって爾(なんじ)が口裏(くり)に送在(そうざい)して、

   ただ爾が嚥一嚥(えんいちえん)せんことを要するが如し。

 

【頌に曰く】この思わざること・・絵にも筆にも描き切れないが、そうかといって、生半可に納得したふりをしてはダメだぞ。

本来の面目は、隠すに隠せないものだ・・「密」というのを「秘密」としたらアカン!・・と素玄居士の注意書きがある。

ただの「極所・奥底・禅」の意とすべし。

それは何もかも丸出しのモノじゃ。

破壊も朽ち果てることもない。

(この頌 拙劣であると、素玄居士 吠えています)

   【頌に曰く】描(びょう)すれども成らず画(えが)けども就(な)らず、

   賛するも及(およ)ばず生受(しょうじゅ)することを休(や)めよ。

   本来の面目、隠すにところなし、

   世界 壊(え)する時、渠(かれ)朽(く)ちず。

 

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禅のパスポート 無門関 NO22 テーブルをポンと叩けば、ZENが発現する!  

どこかの国の誰かが、ZENを垣間見るチャンスが生まれ・・

【素玄居士 解説】抜粋・・いくら詮索しても禅と仏教とを連結すべき因縁はないのである。だから、俗人の禅者(居士)、異教徒(外道)の禅者があり、彼らは禅宗僧侶の禅と区別すべきものがない。

もし、禅宗の仏教教義中、禅的なものを主として宗とすと称するならば、その然るものを挙示せよ。もし存するならば、ソレは禅的なものでないか、または仏教的なものでありえない偽の禅である。禅と宗教は相容れざるものである。

禅者は、すでに自己に安心をもっている「得道者」であり、信仰にたよらず関知しない。釈尊も、よく仏教と禅とを区別していたことを、この則がハッキリさせている。

(第九則 大通智勝にも明瞭にされている)

 

禅は宗教ではありません。禅宗として、仏教中に宗派を立てたのは百丈(清規)に始まること・・ですが、そうであるなら、中国、百丈の時代に至って、初めて「禅宗」宗派を名乗るのは、ひどく遅すぎる出来事です。

 

達磨が面壁禅を持ち込んできて以来、臨済録、信心銘など語録には、どの文言や禅者の振る舞いにも、一切、宗教的臭みは見当たりません。

禅は・・執着、分別、有無を両忘して、決して宗教的な欣求を許さない「悟境」を、独り・・冷暖自得。「禅による生活」を実行するにあります。

当時、師弟(一箇半箇)の伝承・印可を尊重したのは、それだけ偽禅が横行し、師家の真贋が問われたことにあります。

未悟底の求道者には、卒業証書が必要と言うだけのことでした。

また、宗教をナリワイとした寺僧(僧業・生活手段)にとって、禅の一種の免許証明は、仏教的儀式や葬祭にまつわり、禅的な超越した風格を加味する必要な演出であったのでしょう。

戦前、素玄居士の無門関提唱は、ほとんど戦争の渦中にあって、省みられることはありませんでした。しかし、スマホ、PCなど、電磁的情報通信の時代です。どこかの国の誰かが、広くZENを垣間見るチャンスが生まれます。

公案・第六則「世尊拈花」迦葉に付嘱す・・の意味は、印可、伝承することは一切ないので「頼んだぞ」とすべきでしょう。

*ZENの端的は、テーブルをポンと叩いてもそこに禅を赤裸にする。碧巌録 第六十七則 傳大士講経(ふたいし こうきょうをこうず)は、このことである。

 

     無門関  迦葉刹竿(かしょう せつかん)第二十二則

【本則】阿難が、釈尊から不立文字、教外別伝の「禅」を付嘱(頼まれた)迦葉尊者に問うた。

 

「禅」には、何か秘伝でもありますか。悟りを得ると、スポーツの優勝トロフィのような表彰があるのでしょうか。

迦葉は、直ちに「阿難よ」と呼びかけた。

阿難は「ハイ」と返事した。

迦葉曰く・・(講演会は終わった)

「案内の門前の旗竿を仕舞いなさい」

   【本則】迦葉、因み(ちな)に阿(あ)難(なん) 問うて云く、

    世尊(せそん)、金襴(きんらん)の袈裟を伝うる外(ほか)、別に何ものをか傳(つた)う。

    葉(しよう) 喚(よ)んで云く「阿難」 難 応(おう)諾(だく)す。

    葉云く、門前の刹竿(せつかん)を倒却(とうきゃく)著(じゃく)せよ。

素玄曰く 足にタライをのせて、お尻に枕する者は何か?

「足芸の香具師」・・何だ、つまらぬ。 

 

【無門曰く】もし、旗竿をぶっ倒したなら、世尊拈花(せそんねんげ)のシーンが手に取るように見えるだろう。でないと、過去、未来永劫にわたって、心を追い求めて流離(さすら)う人となり、禅の妙は得難い。

  【無門曰く】もし、者裏(しゃり)にむかって一転語(いちてんご)をくだしえて親切ならば、

   すなわち霊山(りょうぜん)の一會(いちえ)、

   厳然(げんぜん)として未(いま)だ散(さん)ぜざることを見ん。

   それ未だ然(しか)らずんば、毘婆尸佛(びばしぶつ) 早く心を留(と)めて、

   直(じき)に今に至るまで妙を得ず。

 

【頌に曰く】問が答え・・そのもの。

「アーナンダよ」と呼ばれて、阿難「ハイ」と答える。

二人とも意気投合できずに、目パチクリ。

肩の凝る話だ。

ヤレヤレ、迦葉も阿難も、恥ずかしいところをお見せした。

(でも、四季風物以外の別境地もオツなものだ)

  【頌に曰く】問處(もんじょ)は何ぞ答處(たつしよ)の親しきに如(し)かん。

   幾人(いくばくびと)かここにおいて眼(まなこ)に筋(きん)を生ず。

   兄呼(ひんよ)び弟応(ていおう)じて家醜(かしゅう)を揚(あ)ぐ。

   陰陽(いんよう)に属せず別にこれ春。

 

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禅のパスポート 無門関NO21 「大した値打ちがないので恥ずかしい・・」 

たいして値打ちがないので恥ずかしい限りじゃが、

提唱する以上「素玄曰く」を附けることにする。

それが責任じゃ。高いか安いか・・さらしものじゃ・・(素玄居士)

この禅のパスポートでは、できる限りに、素玄居士の「提唱無門関」の意見のままに、公案の意訳を紹介していきたい・・と思う。若い頃、禅の本を見て「赤肉団上(しゃくにくだんじょう)の一(いち)眞人(しんじん)」とか・・「父母未生(ふぼみしょう)以前(いぜん)、本来(ほんらい)の面目(めんもく)」とか・・難しい漢字漢文の意味さえ理解できたら、悟りの道も近かろう・・と思った次第です。

だが、今、この無門関は、漢文の意訳だけして、何の手がかりもなく、まるで断崖絶壁をよじ登るような坐禅を読者に要求することにしました。

素玄居士は、緒言、冒頭に「禅に秘伝あることなし」として、禅は学問ではない。禅学、禅文学は嘘だ。禅は、単に「極所」があるだけで階梯(かいてい)なし。本物の語録公案を拈弄(ねんろう)して自悟自得する外はない。

贋物の語録・公案もあるし、いい加減な講義や、中には論理的とか・・恐ろしく誤まっている迷老師・師家の指導も横行している。だから、真禅の絶えるに忍びず、禅の極所にいたる道筋を、唯ひねくりまわすだけじゃが、筆舌しうるドン詰まりまで話してやろう。

そして各公案ごとに素玄曰く・・を附けることにした。

提唱者は、その公案が透っていなければ出来ぬことだが、それを評とか頌とか、無門関や碧巌集などには、チャンと載っている。

これからの提唱者も同じく「見解(けんげ)」をつけて見せなければいかん。

でないと値打ちがわからん。贋老師などは話しても差し支えないことを密室で話すべきと秘密めかしたり、提唱で言わないようだが、それは卑怯で、つまりは未悟底なのじゃ。

たいして値打ちがないので恥ずかしい限りじゃが、提唱する以上これが責任じゃ。高いか安いか・・さらしものじゃ・・。頌としなかったのは取材や文体の自由を欲したからである。

*見解(けんげ)・・悟り、禅機禅境地を述べた(詩的な)文句。頌や偈の意。

昭和12年7月、提唱無門関 素玄居士 狗子堂発行)

 

素玄曰く・・世の中は寝るほど楽はなかりけり。    

       浮き世の莫迦(ばか)は 起きて働く

       (著述もなかなか骨が折れるテ)

 

  無門関  雲門屎橛(うんもんしけつ)第二十一則

佛とは仏様のことであり、ソノママ「禅」でもある。

仏すなわちクソかき箆(お経はさしずめトイレ紙)だと、雲門ズバリ断言した。

よくまあ・・ここまで味噌クソに貶(けな)しつけたものだが、ここまで言わねば・・佛とか、お経とか、腹いっぱいの便秘症状・・洗い流し、きれいサッパリ拭き取ることができないのが、糞袋子(ふんたいす=人間)だ。

口先だけの師家がたや、求道が飯のタネにする者には、チットは堪(こた)える本音・本物の公案だ。

佛といい禅という、そんな妄想を一気に洗い流す下剤をかける公案だ。

(現に、この世の中・・横綱が説教しても、若手はスマホに見とれて馬耳東風。ぶん殴られて、休場事態となった・・因習のこびりつく相撲協会・・大騒動になっている。こんなテイタラクの横綱審議会、理事など関係者、横綱は辞任・引退すべし・・2017-11-23現在・・日馬富士貴ノ岩事件)             

 

【本則】雲門山(うんもんざん)の文偃(ぶんえん)老師(852?~949)に、求道者が問うた。

   「いかなるか是れ佛=ZEN」

   門云く「糞カキべら」

     【本則】雲門因みに僧問う「いかなるか是れ佛」

             門云く「乾屎橛(かんしけつ)」

 

【無門云く】雲門の處は、貧しくて、子供らに白い飯も食べさせられず、教えるのに下書きのヒマもなく、突然の罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)。尊き仏様を「クソべら」に例えるようなことだから、唐代の政治的迫害の余波を受けることになり、仏教の衰退を増長させてしまった。この責任・・どう取るつもりか。

  【無門云く】雲門謂(い)いつべし 家、貧にして素食(そじき) 辨(べん)じがたし。

   事(じ) 忙(いそが)しゆうして 草書するに及ばず、

   ややもすればすなわち屎橛(しけつ)をもち来って、門をささえ戸を拄(ささ)う。

   仏法の輿衰(こうすい)見(み)つべし。

(真実は、雲門に責任なし。ズバリ「禅者の一語」を誉めている)

 

 

【頌に曰く】雲門、間髪をおかず、まるで雷光のごとくに「クソカキベラ」と答えたが、それは如何なる訳か・・など・・解釈、心理分析していたら・・モウ度(ど)し難し(助けられない)

まるで鼻の下にクソつけて、屁もとをさがすような・・そこのキョロキョロしている飯袋子(飯と酒だけ腹いっぱい、頭と心はカラッポのお前さんのことだよ・・)何か一言、云ってみよ。

   【頌に曰く】閃(せん)電光(でんこう) 撃(げき)石火(せっか)。 

         眼(まなこ)を貶得(さっとく)すれば、すでに蹉過(しゃか)す。

 

無門関 NO20  

無門関 NO20  

 この第二十則は、過去に、禅が継承者を失って断絶したことがあるのを実証する公案です。

師、白雲守端(はくうんしゅたん)から伝えられた袈裟を、後継者に譲るつもりで、この三公案を座下の求道者に提出した松源(しょうげん)和尚だが、意にかなう者がなく、塔所に閉って、あと腐れのないように処置したという

 

無門関 大力量人 (だいりきりょうにん)第二十則

【本則】松源老師の禅境(地)丸出しの公案(三転語)とは・・

(1)大力量の人=禅者は、手足を動かす因縁をもたない。

          そこをひとつ、動かして見せよ・・

(2)窮屈に、口先だけで喋らず、禅を気楽につまんで

       (語って)みせよ・・

(3)達道の禅者は、どうして様々な心意を断絶しないのか?

    【本則】松源和尚云く、大力量の人、何によってか脚(あし)をもたげ起こさざる。

      口を開くこと舌頭上(ぜつとうじょう)にあらず。

  また云く、明眼(みょうがん)の人 何によってか脚下の紅紫線(

こうしせん)を断(た)たざる

無門曰く 禅を丸出し、ありありと丸投げにした松源老師。

ただボンクラ求道者ばかりの寄せ集めでは、解かる奴はいないだろう。まして、即座に解かった・・という奴が、ワシ(無門)のもとに来たなら、思いっきり、どやしつけてやる。

どうして・・だと?(ぐっと睨みつけて)

本物、贋物がハッキリ見分けられるからだ。

  無門曰く、松源謂(しょうげんいい)つべし腸(はらわた)を傾(かたむ)け腹を倒すと、

  ただ是れ人の承當(じょうとう)するを欠く。

  たとい直下(じきげ)に承當するするも、

  正(まさ)によし無門のところに来らば痛棒(つうぼう)を喫(きっ)せん。

  何が故(ゆえ)ぞ、ニイ。

  真金(しんきん)を識(し)らんと要せば火(か)裏(り)に看よ。

 

素玄曰く 

(第1公案)フルベースにホームラン性のヒット・・走れ走れ

(第2公案)ピッシャリと,やぶ蚊叩いて将棋かな

(第3公案)樹の上で竹筒を目に当てて・・

     「京都が見える、大阪が見える」

 

【頌に曰く】足をあげて太平洋をひとまたぎ・・高い入道雲の上から眼下に座る場所をさがすも、ハテサテ身の置き所なし。

サア・・これに見識(結句)をつけてみよ。

  【頌に曰く】脚(あし)をもたげて踏飜(とうほん)す香水海(こうすいかい)、

   頭(こうべ)を低(た)れて俯(ふ)して視(み)る四禅天(しぜんてん)。

   一箇の渾身著(こんしん つ)くるに處(ところ)なし。

   請(こ)う一句を續(つ)げ。

   *香水海・・太平洋の意。四禅天・・紺碧の空の意。

*山本玄峰老師の「無門関提唱」では、この「第三公案・三転悟」はありません。文中を察するに、公案の見解(けんげ)は、老婆心の限りを尽くしていると見受けます。ただし、私は、素玄居士の、率直な、人生裸で生きるべし・・の頌(意見)を尊重します。

素玄 結句を続けて曰く「雲北風南蒼鶻迷」           

               雲は北に・・風は南へ・・ハヤブサは(飛ぶに)迷う 

 

平常心・・金メダル獲得、優勝は『平常心』で出来ません!

禅のパスポート 無門関NO19 

平常心・・金メダル獲得、優勝は平常心で出来ません!

この趙州の一語・・禅語解釈・解釈の一切を完全に否定します!

最近、この禅語がスポーツや政界に、流行語のように広まっている。「平常心で頑張ります」「平常心で勝てました」・・こんな禅語の理解力で紹介されたら、昔、発言した禅者、南泉・趙州も浮かばれまい。まして、意味を誤解して、どんなに頑張ろうと平常心での成功はありえないし優勝がある訳でもない。

もし勝てたのなら、それは、きっと何か別の、気力・・集中力とか、努力、スポーツ指導者や、医学などの研究チーム、あるいは神仏のせいだから、マスコミは、禅語の真の意味を知ることが大事でしょう。

唐代の・・唇から光を放つ・・といわれた禅者・・趙州従諗(778~897)の命懸けの修行と、その生涯120年間の一悟(語)である点・・特別に意味に留意してほしいのです。

「文字・言葉」への誤解が人をダメにします。「平常心」・・世に出回る禅語解釈の一切を私は完全否定します。

まず表題に「心」をつけないのには深い理由があります。

次に「道」というのは、「禅」(悟り/一真実/真人/本来の面目/隻手の音声/無字/色即是空/般若)・・のことで、抽象的だから何でもあてはめられる言葉です。だから、生きるに大切な、文字・言葉を、無造作に「禅」を体験しない学者やマスコミが伝えてしまうのは困ります。

例えば、心の安定、不安の解消とか、その禅風景の紹介に・・「座禅」と書く。正解は「坐禅」です。座ではなく坐です。

こんな文字の基本も知らない作者や記者がいっぱいいます。

 

この「平常心」は、禅者の平常心だから、非常もまた平常心なのです。何らの対象がなく、非常と平常の区別のありようがない・・非常に処すること、平常の如く・・平常にあること、なお非常の如く・・その「心」の文字は仮に用いた言葉です。

師の南泉のごときは、平常・非常の禅境(地)の出入り口すらない(窺がえない)平穏無事の人なのです。

また「道」とは「行い」そのもので、道徳でもないし、平常心が「道」そのものではない。禅は・・何かと何かを当て比べて比較分析できるものではありません。その心境について疑問が生ずれば、疑う人が、誤解し間違っているのです。

 

平常・・非常・・ただし擬(問が)湧けば背く(間違い)。

心は、智をもって得べからず・・雑念妄想、論理、言い訳が少しでも混じったら「禅」悟り・・は消えてしまいます。

また「不知」は、死物木石のごとき様子で、好奇心がない。無関心である。スマホに夢中の依存症は、不知無記の状態です。澱んだ沼のように、心が腐ってブツブツ泡が吹いているのです。

禅は、イキイキ、ピチピチ・・生活がハツラツと生きている。

それを「禅による生活」・・「平常是道」というのです。

 

それなら「禅」・・平常(心)とは何か・・

【すなわち思慮分別なきところ、大空のガラッとしたもんサ。是非すべきなしだ・・】しかし、こんな講釈禅では頼りない気がする・・と、素玄居士は評されている。

素玄曰く「カラスがカアカア鳴いている。雀がチュンチュン鳴いている。それで私もチュンチュン、カアカア」

 

無門関 平常是道 (びょうじょう ぜどう)第十九則

【本則】師の南泉に、未悟・修行期の趙州が問いかけた。

趙州「道」とは何ですか?

南泉「ありのまま・・それでよかろう」

趙州「それを思慮分別するべきでしょうか?」

南泉「文字、言葉に騙されるでない」

趙州「思慮無くして、どうして道を納得できましょうか?」

南泉「道は智でもなく、不知でもない。智は、思惑、妄想。

   不知は死物木石(慮するなし)。達道に至れば

   カラリとした青空のようになって、曇るの降るの

   ・・天気予報は無用だ」

趙州、言下において(スッと青空になって)頓悟した。

  【本則】南泉 因(ちな)みに趙州問う、如何なるか是れ道。

      泉云く、平常(へいじょう)心(しん) これ道。

      州云く、還(かえ)って諏(しゅ)向(こう)すべきや否や。

      泉云く、向わんと擬(ぎ)すれば、すなわち乖(そむ)く。

      州云く、擬せずんば、いかでか是れ道なることを知らん。

      泉云く、道は知にも属(ぞく)せず、不知(ふち)にも属せず、

          知はこれ妄(もう)覚(かく)、不知は是れ無記(むき)、        

      もし真に不擬(ふぎ)の道に達せば、なお太虚(たいきょ)の廓(かく)然(ぜん)として

      洞豁(どうかつ)なるがごとし。豈(あに)、強(し)いて是非すべけんや。 

      州 言下に於(おい)て頓悟(とんご)す。

【無門曰く】南泉老師、禅のことを事きめやかに説明したが、筆舌の解釈では、何のことやらわからない。大空とやらの「青空」をもらって、あまりの無限(夢幻?)に四苦八苦。

その荷を放擲(すてさる)のに、まあ・・ざっと三十年はかかるだろうな・・ご苦労さんです!

   【無門曰く】南泉 趙州に発問(はつもん)せられて、

    直(じき)に得たり瓦解氷消(がかいひょうしょう)。

    分(ぶん)疎(そ)不下(ふげ)なることを。

    趙州 たとい悟り去るも、更(さら)に三十年を参(さん)じて始めて得ん。

【頌に曰く】春夏秋冬、何時もこの世は美しい。嫌な仕事、家事さえなければ、どこへでも観光遊山できるのに・・

   【頌に曰く】春に百花(ひゃくか)あり 秋に月あり、夏に涼風あり 冬に雪あり。

    もし閑事(かんじ)の心頭(しんとう)にかかる無(な)くんば、

    すなわち是れ人間の好時節(こうじせつ)。

(この頌 拙劣。無門だんだんと頌・テーマに種切れらしい・・と素玄居士 附言あり)

 

禅のパスポート 無門関NO18  

   無門関 洞山三斤(とうざん さんぎん)第十八則

     【本則】洞山和尚 因みに僧 問う、

              如何なるか是れ佛、山云く 麻三斤。

【本則】語録の問答でいう「佛」とか、「一真実」とか・・これを「ZEN」と置き換えるのが宗教でない「禅」の現代版です。

それでは「禅」とは・・何ですか?

「麻(ま)三斤」・・無門関では、雲門の乾屎橛(かんしけつ/クソカキベら 第26則)、俱胝竪指(ぐていじゅし 第3則)碧巌録に雲門餬餅(うんもんこびょう 第77則)禾山解打皷(かざんかいだく 第44則)など、意中の対象を払拭し、心を超越した一語・・無中に湧き出る、文字言語の及ぶところではない境地の公案、問答があるが・・これこそ、雑念を入れ込む余地がない・・いわゆる、憑(と)りつくスベがない禅者の一語だ・・一番シックリとしている・・と、素玄居士は褒め称えられた。

それに続けて・・こう書くと、読者は自己催眠的境地を演出して、解かったような気持ちになろうとする。それが口にも出る。それが口頭禅だ。三文の値打ちもない。そのくせ到りえ還り来れば別事なし・・とぬかす。云うなかれ。了悟はなお未悟のごとし・・と。偽禅横行し、この増長漫をなさしむ・・と言葉荒く切って捨てられた(そして念々、不退転に工夫すべしじゃ・・と、公案透化の心境を語られている)

俺がある夜、寝る時に、この麻三斤がガラリと透った。なるほど、肩の荷を下ろしたような気持であったが、別に也太奇(やたいき・またハナハダ奇なり)もなければ、汗も流れず大歓喜もなかった。白隠の口頭禅とは大分違っていた。

 

しかし、目の前がズウッ・・と広くなって雑物の遮(さえぎ)ることなしの気持がした。これは公案が消えていったのじゃ。

素玄曰く 麻三斤(ま さんきん)、秤量(しょうりょう)しおわって他に渡し、無價(むか)の黄葉を受けて無底の財布に納む。

     *黄葉・・児童のママゴト遊びのお金=黄色の葉っぱのこと。

この本則の解説は、ほぼ素玄居士(高北四郎先生)提唱の全文です。こんな正直な語録の提唱や頌は、私の積年の経験で初めてであり、禅について目からウロコのありさまでした。則ごとの素玄曰くは、見性の記録として貴重な一語です。

提唱 無門関=昭和12年8月、狗子堂 発行 定価1円80銭の小冊子です。戦前「禅は宗教ではない」と喝破されたのは、おそらく素玄居士ただ一人。師は、当時の禅関係者にとって、さぞかし煙たがられた禅者でしたろう。師弟密室の悟証確認を否定して、1則ごとの頌(見性・意見)を提唱されています。おそらく戦争中は、35才~小学生低学年の子供さんがおられたようで、文中に登場。召集されてか、空襲下で消息が途絶えたのでないか・・と推測しています。(奥付/東京市王子区上十條1578番地/古本ただ是れ1冊と思い大事にしています)ラジオでがなり立てる放送(電波)ですら、すこし、いい加減にしてもらいたい・・と意見されています。スマホにのめりこみ、依存症になるAI・バーチャルの現代、もし生きておられたら、どのようにZENを語られたであろうか。

【無門曰く】洞山老人、いささかハマグリの口を開けたような禅・・麻三斤・・腹の中をさらけ出したが、求道者よ・・その肚(ハラ)をシッカリと見届けたかな?

  【無門曰く】洞山老人 些(さ)の蚌蛤(ぽうごう)の禅に参得(さんとく)して、

   わずかに両片(りょうへん)を開いて肝腸(かんちょう)を露出(ろしゅつ)す。

   しかも、かくの如くなりといえども甚(いずれ)の處に向かってか洞山を見ん。

 

【頌に曰く】禅者の一語・・中でも飛び抜けてこれが一番だ。

言葉は手短じかだし、その意の親切なこと・・きわまりない。

もし、ホンの少しでも、是非を分別したら、もう禅はないぞ。

  【頌に曰く】突出す 麻三斤 言(こと)親(した)しく 意さらに親(した)し。

   来(きた)って是非(ぜひ)を説(と)く者は、すなわち是(こ)れ是非の人。

 

 

禅のパスポート NO17 ・・「煩悩無尽誓願断」

雑念妄想  腹いっぱいの放蕩息子に・・「禅を食え」と勧めても・・

禅寺の跡継ぎをつなぎとめる資格養成所・・僧堂で読誦する「四弘誓願」がある。出家僧の誓願である。この句のたった一行の造作が、禅を日本から絶滅させてしまったのではないかと思います。

「煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)」・・煩悩は尽きることなく(雲の如く湧いてくるけれども)これを断ずることを誓願いたします。

いかにも、モットモラシイ誓いであるけれど、禅は「煩悩即菩提」=色即是空(般若大智)を道う・・背骨にしているので、煩悩を断ずれば、菩提(悟り)も生まれない無明(死に体)となる・・そんな、ピチピチと躍動するイノチがない「死禅」となる誓願です。

では、初心の求道者が「誓願」するならどういうか・・「煩悩悟性誓願忘」・・悩みも悟りも両方とも忘れはてることを誓願する・・とか。

「煩悩即菩提誓願覚」・・煩悩ソノママが悟りとなる覚智に至りたい・・とか。

まあ、しかし、禅は欣求宗教ではありませんから、仏教・寺僧に衒ったような造作、計らいはしないに限ります。

蘆葉(ろよう)の達磨以来、禅は、集団で伝燈継承される宗教、学問(論理)倫理道徳などに一切関わらず、ただ「一箇・半箇」の師弟の間にしか預托できない、扱いづらい盆栽なのである。

しかも、師がいかに心砕いて禅を教導しても、その弟子が独り、自分で自覚できないと、禅は、そこで腐った「煩悩」のタネのまま絶滅する・・そんな可憐な花を咲かせる一輪(拈花微笑)なのだ

 

禅の・・断絶する出来事は、インド・中國・日本で数えきれないほどあった。2500年前、釈尊から迦葉、中國へ達磨禅、そして日本へ・・ホソボソと生き延びてきた寺僧禅は、この第2次世界大戦の後、絶滅危惧種から絶滅種のステージに昇りつめた。

この由来、因縁は、羅漢と真珠に順次、書きます。

無門関十七則は、中國河南省、白崖山で40年間、隠れ住んで「禅による生活」を満喫していた南陽(なんよう)慧忠(えちゅう)国師(?~775)・・唐、粛宗(しゅくそう)皇帝?⇒(代宗だいそう皇帝)に請ぜられて759年、禅を講じた・・が、その弟子、耽源(たんげん)という侍者との、「オイ」と「ハイ」の応答=1箇半箇の禅・伝燈の話だ。

南陽慧忠と耽源の禅語・公案は、碧巌録 忠国師無縫塔(ちゅうこくしむほうとう) 第18則にあり、禅者の一語(碧巌の歩記)で詳細を紹介する。ここでは素玄居士の提唱を意訳する。

「一箇半箇」とは禅を伝えるにあたり、師は、ほぼ印可するに足る弟子ひとりと、その弟子が万一に先立たれると、その後を伝える半人前を・・かけがえのない者として鞭撻することをいう。そのZENの「一真実」・・禅による生活と禅境は師弟それぞれであるが、これを「一箇半箇」という場合もあります。

 

        無門関 国師三喚(こくし さんかん) 第十七則

【本則】サア、どこに勝敗がある?

禅者は何をぬかすか・・解かったもんじゃない・・と素玄居士 

(いささか言葉遣いが荒いので、意訳して紹介します)

禅者はもともと心に一物なし。サッと出放題なことをやる。

「オイ」と呼べば「ハイ」と答える。

三回も呼ばれて、三回返事した。

そしたら「お前さんの敗けだな」とは、いったい何のことか?

まるで手がかりがない。チョットでも手がかりがあると、ソレについて回って、這い上ってくるから始末にわるい。

手がかり足掛かり少しもないのが公案だ。ツルツルの鉄壁を手掛かりなしでとりついて、千尋の谷へマッサカサマ・・見事に墜落死するのが禅というもの。

名前を呼ばれて返事した・・そうしたら・・お前の敗け・・それともあんたの勝ちカナ?など、ワラにもすがるような考えをおこしたらアカン!              

(そこに禅の味もチョッピリあるが・・)

ナントか禅の跡取りをつくりたくて、禅機(TPO)を弄する師に、お前さん、呼ばれたつもりで一本、応酬して見せなさい。

  【本則】国師、三たび侍者を喚ぶ、侍者三度応ず。

   国師云く、まさに謂(おも)えり、吾れ汝を辜負(こぶ)すと、

   元来、かえって是れ汝、吾れに辜負す。

 

素玄曰く・・銅像の馬が駆け出した。アレよアレよ・・と云っている間に、また元の台座に帰ってきた。どこに風が吹くか・・という面付(ツラツ)き。

 

【無門曰く】老師さん・・三回も呼ぶのは的外れ。金石麗生なる禅を、全部、さらけ出して賭博するとは・・無鉄砲です。

年取って身寄りがないからといって、放蕩息子に飯食え!飯食え! 車をもたせ海外に遊びに行かせ、なに不自由なくしてやったら、後の面倒をみてくれる等と思ったら大間違いだ。

(腹に雑念妄想、いっぱいに詰まっているから「禅」を食うに食えない有り様だ)

さても、この勝負、丁半揃って、目はナント出たかな?

禅の跡取り息子は、苦労させるに限ります。

  【無門曰く】国師三喚(さんかん)、舌頭地(ぜっとうち)に堕(お)つ。

   侍者、三たび應ず。光に和して吐出す。

   国師 年老い、こころ孤(こ)にして牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫せしむ。

   侍者いまだ肯(あ)えて承當(じょうとう)せず、

   美食飽人(びしょくぽうにん)の飡(さん)に中(あた)らず。

   且(しばら)く道(い)え、那裏(なり)か是れ他の辜負(こぶ)の處、

   国清(くにきよ)うして才子(さいし)貴(たっと)く 

   家(いえ)富(と)んで小児嬌(しょうにおご)る。

 

【頌に曰く】この抜けようのない手錠足かせ・・丁半賭博の失敗を放蕩息子に責任を取らせるとは、ひどい話。家・財産そっくり無くして、負債ばかりの家を継がせたいなら、さらに素っ裸にして、地獄の剣の山か、針の山に追い上げるのが一番だ。

  【頌に曰く】鐡(てつ)枷(か)無孔(むく)、人の儋(にな)わんことを要す、

   累児孫(わざわいじそん)に及んで等閑(なおざり)ならず。

   門をささえ、並びに戸をささうることを得んと欲せば、

   さらに須(すべか)らく赤脚(せつきゃく)にして刀山(とうざん)に上(のぼ)るべし。

 

 

禅のパスポート 無門関NO16  

さあ・・この広大な宇宙で、誰もコピペ出来ない・・ただ独りの遺伝子(唯我独尊)をもつ貴方が、目覚ましベルで仕事や家事に精出すのは、どうしてなのだろうか?

 

無門関 鐘聲七條(しょうせい しちじょう) 第十六則

【本則】ベルが鳴ると、学校では教室で集って勉強。会社では営業活動がはじまる。人は、どうして、わざわざ窮屈な真似をして生業(なりわい)に励むのか?

   【本則】雲門曰く、世界 恁麼(いんも)に廣闊(こうかつ)たり。

  何によってか鐘聲裏(しょうせいり)にむかって七條を披(き)る。

 

素玄居士 曰く・・禅は生活や仕事に縛られてはいない。自由ではあるが、理屈で言うのは屁理屈だ。禅が自得だ・・というのは、イチイチ理路整然と納得するのではなく、理解の筋道を絶して自得するにある。

直に、それが行動に跳躍する・・ベルの音に飛び起きるのだ。

注意!禅は直に行動というのではない。行動に理解がはいらない行動だ。ベルの音に縛られるとか、縛られないとか、一切、関係なしの行い・・だ。

素玄居士曰く「一本足の弥次郎兵衛、アッチにふらふら、コッチにふらふら、落ちそうで、落っこちない・・と思っている間に、そうら落っこちた」

 

【無門曰く】参禅は即してはいけない(造作してはならない)

碧巌録の雨滴声(うてきせい第四十六則)に、衆生は顛倒(てんどう)して己に迷って物を逐(お)うとある。

鐘の音や桃の花を見て悟入することはあるが、悟ればその声色を自由に駆使するのが禅者である。

声が耳に来るか・・耳が聲の所に行くか・・そのどちらでもない妙・・目で聞き、全身で見る・・それが禅者である。

   【無門曰く】

   おおよそ参禅学道は、切に、声にしたがい、色を逐(お)うことを忌(い)む。

   たとえ声を聞いて道を悟り、色を見て心明らむるも、またこれ世の常なり。

   ことに知らず、衲僧家(のうそうけ) 聲に騎(の)り色を蓋(おお)い、

   頭(ず)頭上(ずじょう)に明に 著々上(じゃくじゃくじょう)に妙なることを。

   しかもかくの如くなりと言えども、しばらく道え

   聲 耳畔(じはん)に来(きた)るか、耳 声邊(せいへん)に往(い)くか。

   たとい、響寂ならび忘ずるも、ここにいたって如何(いかん)が話會(わえ)せん。

   もし耳をもって聴(き)かば、まさに會(え)し難(が)たるべし。

   眼處(げんしょ)に声を聞いて、まさに始めて親(した)し。

 

【頌に曰く】禅が手に入れば、万象もわれに同じ。

未悟は森羅万象(しんらばんしょう)、千差萬別(せんさまんべつ)。

されど未悟そのものも万象の一員なり。

會も不會も同じこと。世界はひどく広濶(ひろひろし)だ。

    【頌に曰く】會(え)すれば、すなわち事(じ)、同一家

    會せざれば萬別千差(まんべつせんしゃ)。

    會せざれば事、同一家、會すれば萬別千差。

(この偈は、同じことを繰り返して、あまり知恵がない・・と、素玄の附記あり)

 

 

般若心経と禅(行者への教え)について・・

武田邦彦先生のアコースティック哲学「オスとメス」≒「般若心経」

武田 邦彦先生のブログ「アコースティック哲学・・オスとメス」を拝見した。http://takedanet.com/

人間の寿命とは、約12憶年前、生物が「雌雄」同体から別体に分かれて、進化する集団生活の過程で遺伝子として設定されたもの。約15万年前、ネアンデルタール人の頃から、家族の死や別離の悲しみなど、集団生活の中で寿命=死者の概念が誕生した(雌雄同体は自分のコピペばかり。次世代も自分を継続するので多様化できず、また生死や宗教問題はない)

・・ナルホド・・優れた物理学者の手にかかると、大乗(慈悲)仏教の発生した由来や、キリストの愛についてなど、説明を受けずとも・・独り合点がゆくことが多いので驚きます。

私は、ZENは宗教ではないし、坐禅による「悟り」は、脳(神経回路)の新ルート創造の結果であろう・・と推測しています・・ので、坐禅は、酒を造るような・・長い年月の思考・感性の醸成、発酵期間が必要だ・・と思っています。

そして、坐禅の結果、突然、思考の断絶が訪れて発生する、発明・発見の悟り=見性は、まるで、物理学の「量子」のような働きと振る舞いが脳内であるようです(量子論など、よく知らないのにしゃべっています)

もっと、科学者(物理・量子論などの学者も含めて)による脳(量子AI)の研究が進んでほしい・・と願います。

さて、ZENには「般若心経」が昔から引っ付いていますが、私のいう・・役立たずの「独りポッチ禅」では、この般若心経の読経や写経、坐禅での思惑、造作すること・・一切が要らないのです。

ZENを「自分の生活(日常の行い)とする時」・・確かに、禅の「神髄」に般若心経がある・・のですが、それを確信しながら、般若の門(玄関)を入ったと自覚した瞬間、もう、戸口(玄関)の外に立っているのです。心経の中に、永続して留まれません。このことは2行目・・「般若波羅蜜多(ZEN)を、深く行(おこなう=ぎょう)ずる時」・・と、坐禅の前提条件として銘記されているのに、今まで誰も深く指摘しませんでした。

つまり、禅を深く実行できない・・初心の求道者には、次の行・・一切の苦しみと厄災から度される・・(救われる)ことはない・・のです。

併せて附記しておきますが、臨済の「喝」や徳山の「棒」は、般若(ZEN)の働き=瞬間の禅機を捉えた表示(表情)ですから、絶対に恐喝・暴力的行為ではありません。

般若(ZEN)が見せる、雷光・雷嚇(イナビカリと雷鳴)一声のような、思いがけない・・天地自然の表情なのです。*表情は表現と違い、造作のない、自然な心の働きをいいます。

これを悟りもしない寺僧・師家が葬式や僧堂で、荘厳な袈裟を纏ってシタリ顔でやるものですから、さぞかし臨済もあきれていることでしょう。

ですから・・以下、この般若心経は、達道の禅(行)者への・・悟りの完成・・についての教えである・・と思います。

くどいですが、写経や禅寺拝観の手間があれば、坐禅でもしたい・・の心を大事に、どうぞ役立たずな「独りポッチ」3分間イス禅を推奨いたします。

 

摩訶般若波羅蜜多心経 (まかはんにゃはらみった しんぎょう)

(大いなる智慧の完成=禅による正覚の教え)悟りの完成の教え

 

観自在(かんじざい)菩薩(ぼさつ)    禅者よ

行(ぎょう)深(じん)般若(はんにゃ)波(は)羅(ら)蜜(みつ)多時(たじ)  

                      禅による生活を深く行う時

照見五薀(しょうけんごうん)皆(かい)空(くう)  形あるもの、すべて空無なりと照らし看るので

度(ど)一切(いっさい)苦(く)厄(やく)      一切の苦しみと不安から解放される

舎(しゃ)利子(りし)          禅者よ

色(しき)不異(ふい)空(くう)         「在る」は空(無)にことならず

空(くう)不異色(ふいしき)           空(無)は自在にことならない

色即是空(しきそくぜくう)    すなわち「ある」は、そのままに「ない」のであり

空即是色(くうそくぜしき)    空(無)は そのままに自在である

受想(じゅそう)行(ぎょう)識(しき)亦復如(やくぶにょ)是(ぜ) 

                人の感覚や思いや知識も またこのとおりだ 

舎(しゃ)利子(りし)        禅者よ

是(ぜ)諸法(しょほう)空相(くうそう)     すべてが「ない」のだから

不生(ふしょう)不滅(ふめつ)         生じてもいないし 亡びてもいない

不垢(ふく)不浄(ふじょう)          汚れてもいないし 浄(き)よくも無い

不増不減(ふぞうふげん)           増えてもいなければ 減ってもいない

是(ぜ)故空中(こくうちゅう)無色(むしき)    だから「無」の中に「ある」はなく

無受想(むじゅそう)行(ぎょう)識(しき)     思いや行いや知識も「無い」

無眼(むげん)耳鼻(にび)舌(ぜつ)身(しん)意(に)  眼や耳など五体や思いも無く

無色声香味蝕法(むしきしょうこうみしょくほう) 五感や執着する欲望も無い

無眼界(むげんかい)乃至(ないし)無意識界(むいしきかい) 

                   目に映る意識 無意識、本能のすべて無く

無無明(むむみょう)亦(やく)無無明尽(むむみょうじん)             

                   原因と結果や苦悩の報いなど すべて無い 

乃至(ないし)無老死(むろうし)      さらに老いて死ぬことも無いし

亦無老死尽(やくむろうしじん)      また老いて死なないということも無い 

無苦集滅(むくじゅうめつ)道(どう)     死苦八苦する、輪廻の業や愛執も無い

無智(むち)亦(やく)無得(むとく)      智も無く また得るもの無く

以(い)無所得(むしょとく)故(こ)      その得るところ無きゆえをもって

菩提薩埵依(ぼだいさったえ)般若波(はんにゃは)羅(ら)蜜(み)多(た)故(こ)    

                    「禅」による・・悟りを体得するから・・

心無罣礙(しんむけいげ)無罣礙(むけいげこ)故(こ)  

                     心にこだわりがなく 疑いなきゆえに                   

無有(むう)恐怖(くふ)            恐れおののくことが無いし

遠離(おんり)一切(いっさい)顛倒(てんどう)夢想(むそう) 

                     一切の妄想と執着がなく離れ消えて

究竟(くきょう)涅槃(ねはん)         ついには安心、自在となる

三世(さんぜ)諸仏(しょぶつ)         過去現在未来、時間なき禅者は

依(え)般若波(はんにゃは)羅(ら)蜜(み)多故(たこ)  

              禅(さとり)の行(かんせい)・・禅による生活のゆえに              

得阿耨多羅(とくあのくたら)三藐三(さんみゃくさん)菩提(ぼだい)  

               ピチピチと躍動するいのち・・そのものとなる

故知(こち)般若波(はんにゃは)羅(ら)蜜(み)多(た)  禅(行)による生活を知るゆえに         

是(ぜ)大神(だいしん)呪(じゅ) 是(ぜ)大明(だいみょう)呪(じゅ)  

                       この霊妙で光り輝く真言をのべ 

是(ぜ)無上(むじょう)呪(じゅ) 是(ぜ)無(む)等(とう)等(とう)呪(しゅ)      

                       比較できない心の不思議をのべ 

能除(のうじょ)一切(いっさい)苦(く)       よく一切の苦しみを除き、

真実(しんじつ)不虚(ふこ)            真実にして虚なしからざる 

故説(こせつ)般若波(はんにゃは)羅(ら)蜜(み)多呪(たしゅ)  

                   ゆえに 禅(行)による生活の真言を説く

即説呪曰(そくせつしゅわつ)       すなわち呪(マントラ)に説いていわく

羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)     来たぞ 着いたぞ

波羅羯諦(はらぎゃてい)       まったき青空のただ中についた

波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)    よくぞまあ すがすがしいこと

菩提娑婆訶(ぼじそわか)       さあ禅者よ 自然(ありのまま)なり

般若心経(はんにゃしんぎょう)                         

【咄=トッ!・・意訳の終わりに・・すべてを吹き飛ばす掛け声をかけておきます】

禅のパスポート 無門関NO15  この飯袋子(はんたいす)・・江西、湖南、すなわち恁麼(いんも)にし去るか。 

●私は4回あまり職を変わり、lifeworkを見つけました!

昔・・中国や日本の、禅に関心のある求道者は、自分のことをよく見極め、適切な指導、鞭撻をしてくれる師(先生・老師)を求め、訪ねて行脚(あんぎゃ)した。

現代の集団的、一律教育方式と違い、規制に束縛されない寄宿、自炊の研究生活とでも言いますか・・学生である自分が納得できない師(先生)であれば、遠慮なくサッサと見切って、次の、自分が信頼するに足る師を探す旅(行脚)に出た。

私は、高校、大学は、それぞれの学生が何を学びたいか・・

将来、なにをしたいのか・・求道ならぬ「求学者」として、自由に特色ある学校を選ぶことができ、高校、大学までは、授業料、全額免除。先生や教授、その勉学の仕組みは、それぞれ学生が選ぶような、厳しい自由競争の中で切磋琢磨する・・主客転倒のSYSTEMを検討するよう、提案したい・・と思っています。

この私でも、TV映画の助監督からコピーライター、マーケティング・プランナー、SPエージェンシーの運営と、4回余りの転職でどうにか落ち着いたが、大事な経理関係を学ばず、随分と無駄な時間を費やした。

どんな仕事について苦労しようと、どんな苦労も役に立つが、勉強しなかった悔いは死ぬまで残る。

とにかく、教育の仕組みは、文科省の管理下におかれて完全に利権化している。昔,求道者が師を選んだ・・学びの基本に返ることが大事でしょう。これだけ進化したデジタル社会です。

学問、教育は、マスマス独立独歩。職人と同じく師を求める・・手の温かさが大事です。

無門関 洞山三頓 (どうざん さんとん) 第15則

この飯袋子(はんたいす)・・江西、湖南、すなわち恁麼(いんも)に し去るか。

古くからの中國の、人を罵る俗語・・飯ぶくろ(弁当箱)のような、ろくでなし・・が、あっちをウロウロ、こっちをウロウロさまよい歩く・・の意

【本則】修行中の洞山が、雲門老師を訊ねた時、さっそく「禅者からの丸裸にされる・・問い」がはじまった。

雲門「何処から来られたのかな?」

洞山「査渡(さと)から・・」

雲門「この夏(安居・げあんご)は、いずこに?」

洞山「湖南(揚子江)の報慈山で修行していました」

雲門「それなら、お前さん、何時、その報慈を離れたのか・」

洞山「八月二十五日」

雲門老師は、ここで彼を見切って「それじゃ、六十回(三頓の棒を許す)ぶっ叩こうぞ」

叩かれた洞山、何故なのか、訳が分からず夜を明かした。

その思いが募って、不満と怒りで頭に血が上ったようになった洞山、あくる日、雲門老師に食って掛かった。

「昨日、三頓の棒を食らいましたが、どんな罪科(つみとが)があったのか、叩かれるイワレを言ってください」

雲門曰く「エエイただ飯食(めしく)らいの糞造機(ふんぞうき)めが。アッチコッチをさまよって、そのようにやって来たのか」

その「一語」を聞いて洞山、桶の底が抜けたように大悟徹底した。

  【本則】雲門、ちなみに洞山、参する次(つ)いで、門、問うて曰く

     「近離(きんり) いずれの處ぞ」山云く「査(さ)渡(と)」

      門云く「夏、いずれの處にかある」               

      山云く「湖南(こなん)の報慈(ほうじ)」

      門云く「幾ときか彼(かれ)を離(は)なる」             

      山云く「八月二十五」

      門云く「汝に三頓(さんとん)の棒を放(ゆる)す。

      明日(みょうじつ)に至って、却(かえ)って上(のぼ)って問訊(もんじん)す。

      昨日、和尚に三頓の棒を放(ゆる)すことを蒙(こうむ)る。

      知らず、過(とが)いずれの處にか在る。

      門云く「飯袋子、江西湖南、すなわち恁麼に し去るか」

      山、ここにおいて大悟す。

 

【素玄居士曰く】田の面なる水のせせらぎ聞きてあれば、

        世の憂さとしも思もほえぬかな。

【無門曰く】さすがに雲門宗の始祖・・雲門老師だ。

洞山に、ニッチもサッチもいかない、ギリギリの禅の食い餌(六十棒)を与えて、いっぱしの獅子の子を育て上げたものだ。

夜通し中、叩かれた屈辱に耐えて、雲門に吠え掛かればこそ、悟ることが出来た。それでも、うれしいとハシャギ回ってはいない。

無門、座下の求道者に問う。

はたして、三頓の棒で叩かれるべきか・・そうでないか。

もし叩かれるとなれば、宇宙にある総てのモノが痛棒を喫すべし。

そうでないとしたら、雲門、叩けばホコリしか出ないのに、口から出まかせをいう奴となる。

サア・・ここで徹底、カラリとなれば、洞山・・天地同根の禅機、禅境(地)を手に入れたことになる。

 【無門曰く】雲門 当時(そのかみ)すなわち本分の草料をあたえて、

       洞山をして別に生機(さんき)をあらしめ、

       一路(いちろ)の家門 寂寥(じゃくりょう)をいたさず。

       一夜 是非 海裏(かいり)にあって著到(じゃくとう)して 

       直(じき)に天明(てんめい)を待って再来(さいらい)すれば、

       また他のために注破(ちゅうは)す。

       洞山 直下(じきげ)に悟り去るも未(いま)だ是れ性燥(しょうそう)ならず。

       しばらく諸人に問う、

       洞山三頓(さんとん)の棒、喫(きっ)すべきか喫すべからざるか。

       もし、喫すべしといわば、草木叢林(そうもくりん)みな棒を喫すべし。

       もし、喫すべからずといわば、雲門また誑(こう)語(ご)をなす。

       者裏(しゃり)に向かって明(あき)らめえば、

       まさに洞山のために、一口(いっく) 気を出ださん。

 

【頌に曰く】獅子は仔を崖から落とし、這い上がってきて親の足を咬むような仔を育てる・・と、古事にある。蹴落とされ、振り落とされても、再び、谷底から這い上がるような、気迫のある・・洞山なればこそ、初めは見当もつかず壁にぶち当たった。けれども、雲門の「飯袋子」の一語が、禅機禅雷、喪心して・・ビリビリ感電死にいたった所だ。

一の矢は浅く、二の矢は深く、ともに、ど真ん中に的中だ。

  【頌に曰く】獅子、児(こ)を教(おし)う迷子(めいじ)の訣(けつ)。

   前(すす)まんと擬(ぎ)して跳躑(ちょうちゃく)して早く翻身(ほんじん)す。

   端(はし)なく再び敍(く)ぶ當頭著(とうとうじゃく)、

   前箭(ぜんせん)はなお軽く、後箭(こうせん)は深(ふか)し。