禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート 無門関NO15  この飯袋子(はんたいす)・・江西、湖南、すなわち恁麼(いんも)にし去るか。 

●私は4回あまり職を変わり、lifeworkを見つけました!

昔・・中国や日本の、禅に関心のある求道者は、自分のことをよく見極め、適切な指導、鞭撻をしてくれる師(先生・老師)を求め、訪ねて行脚(あんぎゃ)した。

現代の集団的、一律教育方式と違い、規制に束縛されない寄宿、自炊の研究生活とでも言いますか・・学生である自分が納得できない師(先生)であれば、遠慮なくサッサと見切って、次の、自分が信頼するに足る師を探す旅(行脚)に出た。

私は、高校、大学は、それぞれの学生が何を学びたいか・・

将来、なにをしたいのか・・求道ならぬ「求学者」として、自由に特色ある学校を選ぶことができ、高校、大学までは、授業料、全額免除。先生や教授、その勉学の仕組みは、それぞれ学生が選ぶような、厳しい自由競争の中で切磋琢磨する・・主客転倒のSYSTEMを検討するよう、提案したい・・と思っています。

この私でも、TV映画の助監督からコピーライター、マーケティング・プランナー、SPエージェンシーの運営と、4回余りの転職でどうにか落ち着いたが、大事な経理関係を学ばず、随分と無駄な時間を費やした。

どんな仕事について苦労しようと、どんな苦労も役に立つが、勉強しなかった悔いは死ぬまで残る。

とにかく、教育の仕組みは、文科省の管理下におかれて完全に利権化している。昔,求道者が師を選んだ・・学びの基本に返ることが大事でしょう。これだけ進化したデジタル社会です。

学問、教育は、マスマス独立独歩。職人と同じく師を求める・・手の温かさが大事です。

無門関 洞山三頓 (どうざん さんとん) 第15則

この飯袋子(はんたいす)・・江西、湖南、すなわち恁麼(いんも)に し去るか。

古くからの中國の、人を罵る俗語・・飯ぶくろ(弁当箱)のような、ろくでなし・・が、あっちをウロウロ、こっちをウロウロさまよい歩く・・の意

【本則】修行中の洞山が、雲門老師を訊ねた時、さっそく「禅者からの丸裸にされる・・問い」がはじまった。

雲門「何処から来られたのかな?」

洞山「査渡(さと)から・・」

雲門「この夏(安居・げあんご)は、いずこに?」

洞山「湖南(揚子江)の報慈山で修行していました」

雲門「それなら、お前さん、何時、その報慈を離れたのか・」

洞山「八月二十五日」

雲門老師は、ここで彼を見切って「それじゃ、六十回(三頓の棒を許す)ぶっ叩こうぞ」

叩かれた洞山、何故なのか、訳が分からず夜を明かした。

その思いが募って、不満と怒りで頭に血が上ったようになった洞山、あくる日、雲門老師に食って掛かった。

「昨日、三頓の棒を食らいましたが、どんな罪科(つみとが)があったのか、叩かれるイワレを言ってください」

雲門曰く「エエイただ飯食(めしく)らいの糞造機(ふんぞうき)めが。アッチコッチをさまよって、そのようにやって来たのか」

その「一語」を聞いて洞山、桶の底が抜けたように大悟徹底した。

  【本則】雲門、ちなみに洞山、参する次(つ)いで、門、問うて曰く

     「近離(きんり) いずれの處ぞ」山云く「査(さ)渡(と)」

      門云く「夏、いずれの處にかある」               

      山云く「湖南(こなん)の報慈(ほうじ)」

      門云く「幾ときか彼(かれ)を離(は)なる」             

      山云く「八月二十五」

      門云く「汝に三頓(さんとん)の棒を放(ゆる)す。

      明日(みょうじつ)に至って、却(かえ)って上(のぼ)って問訊(もんじん)す。

      昨日、和尚に三頓の棒を放(ゆる)すことを蒙(こうむ)る。

      知らず、過(とが)いずれの處にか在る。

      門云く「飯袋子、江西湖南、すなわち恁麼に し去るか」

      山、ここにおいて大悟す。

 

【素玄居士曰く】田の面なる水のせせらぎ聞きてあれば、

        世の憂さとしも思もほえぬかな。

【無門曰く】さすがに雲門宗の始祖・・雲門老師だ。

洞山に、ニッチもサッチもいかない、ギリギリの禅の食い餌(六十棒)を与えて、いっぱしの獅子の子を育て上げたものだ。

夜通し中、叩かれた屈辱に耐えて、雲門に吠え掛かればこそ、悟ることが出来た。それでも、うれしいとハシャギ回ってはいない。

無門、座下の求道者に問う。

はたして、三頓の棒で叩かれるべきか・・そうでないか。

もし叩かれるとなれば、宇宙にある総てのモノが痛棒を喫すべし。

そうでないとしたら、雲門、叩けばホコリしか出ないのに、口から出まかせをいう奴となる。

サア・・ここで徹底、カラリとなれば、洞山・・天地同根の禅機、禅境(地)を手に入れたことになる。

 【無門曰く】雲門 当時(そのかみ)すなわち本分の草料をあたえて、

       洞山をして別に生機(さんき)をあらしめ、

       一路(いちろ)の家門 寂寥(じゃくりょう)をいたさず。

       一夜 是非 海裏(かいり)にあって著到(じゃくとう)して 

       直(じき)に天明(てんめい)を待って再来(さいらい)すれば、

       また他のために注破(ちゅうは)す。

       洞山 直下(じきげ)に悟り去るも未(いま)だ是れ性燥(しょうそう)ならず。

       しばらく諸人に問う、

       洞山三頓(さんとん)の棒、喫(きっ)すべきか喫すべからざるか。

       もし、喫すべしといわば、草木叢林(そうもくりん)みな棒を喫すべし。

       もし、喫すべからずといわば、雲門また誑(こう)語(ご)をなす。

       者裏(しゃり)に向かって明(あき)らめえば、

       まさに洞山のために、一口(いっく) 気を出ださん。

 

【頌に曰く】獅子は仔を崖から落とし、這い上がってきて親の足を咬むような仔を育てる・・と、古事にある。蹴落とされ、振り落とされても、再び、谷底から這い上がるような、気迫のある・・洞山なればこそ、初めは見当もつかず壁にぶち当たった。けれども、雲門の「飯袋子」の一語が、禅機禅雷、喪心して・・ビリビリ感電死にいたった所だ。

一の矢は浅く、二の矢は深く、ともに、ど真ん中に的中だ。

  【頌に曰く】獅子、児(こ)を教(おし)う迷子(めいじ)の訣(けつ)。

   前(すす)まんと擬(ぎ)して跳躑(ちょうちゃく)して早く翻身(ほんじん)す。

   端(はし)なく再び敍(く)ぶ當頭著(とうとうじゃく)、

   前箭(ぜんせん)はなお軽く、後箭(こうせん)は深(ふか)し。