禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート 無門関NO26  

簾を巻き上げれば、青空が見える

       ・・だが大空は禅ならずジャ!

 

    無門関 二僧 巻簾(にそう けんれん)第二十六則

【本則】素玄提唱(原文のまま・・意訳ありません)

この一得一失が禅の妙じゃ。

二僧同じく去って簾を巻く、歩き具合も手つきの様子も、眼つきも腰つきも何一つ書いてないのじゃ。

そんなことは無用じゃ、それなら・・どこに一得一失があるか、

臨済は賓主歴然(ひんしゅれきぜん)という語を用いているが語意いよいよ同じじゃ、がまた別なりだ、

無礙縦構(むげじゅうこう)の禅機は、書いて書かれぬことはないが、そんなことは読んだだけではナルホドというだけで他人の刀を借りて振り回すようなもんじゃ、剣道の技倆(ぎりょう)にはならん、

かえって他を傷つけ自からを害(そこ)なうのみじゃ、

教えられるとその人に禅が湧いてこぬ、

学人を毒することになる、また学人の為にもならぬこともあるのじゃ、また教えたところで悟りにはならぬ、

要は悟るにある、悟れば一得一失がわかる、

サア法眼のこの禅機を勘破(かんぱ)せよ。

   【本則】清涼(せいりょう)の大法眼(だいほうげん)、

    因(ちな)みに僧、斎前(さいぜん)に上参(じょうさん)す、

    眼、手をもって簾を指す。

    時に二僧あり、同じく去って簾を巻く。

    眼曰く、一得一失(いっとくいっしつ)。

 

素玄曰く ラジオの天気予報、

      東の風又は西の風・・晴れ又は雨。 

 

【無門曰く】(この無門曰くと、頌に曰くは、どの則も意訳です)

二僧の誰が良し・・であり、誰が至らぬ・・のか。

もし、ちゃんとした見どころを押さえた者であるなら、清涼国師の大事な、基準点がわかろうというものだ。

(素玄云く・・サラケ出してやったぞ。得も失もアルモンか!)

  【無門曰く】しばらく道え、これ誰か得 誰か失。

   もし 者(しや)裏(り)に向かって、一隻眼(いっせきげん)を著(じゃく)得(とく)せば、

   即ち清涼国師 敗闕(はいけつ)の處を知る。

   しかも かくの如くなりといえども、

   切に忌(い)む、得失(とくしつ)裏(り)に向かって商量(しょうりょう)することを。

 

【頌に曰く】簾を巻けば、清々しい青空が見えてくる・・

これが禅だと思うと大誤解となる。・・大空は禅ならず。

ここのところをしっかりツカメ。けれども、閉め切って風通しが悪いのも禅ならずじゃ。

どうも、この頌は少しソグワヌところがある。

   【頌に曰く】巻起(けんき) 明明として太(たい)空(くう)に徹す、

    太空なお いまだ吾宗に合(かな)わず。

    いかでか似(し)かん 空よりすべて放下(ほうげ)して

    綿綿(めんめん)密密(みつみつ) 風を通(つう)ぜざらんには。