禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート 無門関NO28

尊き大道も書物の時は、

世の中の用を潤沢(じゅんたく)することなし。

(水の氷たるが如し。さて氷となりたる経書を世上の用に立てんには、よく溶かして元の水として用いざれば潤沢にはならず無益の物なり。二宮尊徳/夜話) 

二宮尊徳の格言・・例えれば、文字言語は水が硬く凍り付いた「氷」の状態であり、活用しようとすれば、溶かして水にしないといけない。

実際に畑を潤おし、人の喉の渇きを癒すのは「水」の働きである。

水は方円にしたがい自由自在である・・の意。

 

     無門関 久響 龍潭(きゅうきょう りゅうたん)第二十八則

【本則】素玄居士の提唱を、ソノママに記述します。

徳山は金剛経を講じ、南方に魔子(ます・ZENという仏法破壊者)ありて、即心即佛というを聞き、これを打殺せんとして金剛経 疏抄(しょしょう・詳細な解釈、講義資料付)を肩に担い、龍潭を訪ねて、この商量(問答)となった。

紙燭(ししょく)を消して黒漫漫(こくまんまん)か、こんなところで悟ったら無我夢中じゃ。徳山の云うことを見てもわかる、和尚の即心即佛を疑わずと。力の抜けた矢のようなもんじゃ。

何で「牟(む)う」と云わぬ。暗闇(くらやみ)の黒牛じゃ。

そしたら俺は讃(ほ)めてやるがな。龍潭も出放題に讃めちぎっている。とかく禅を修じはじめは、チョット手がかりがついたような気がするが、そんなことで也太奇(やたいき・奇跡的)だとか何だとか、独りで偉がるのがある。しかし徳山は、後来、豪物(ごうぶつ)になるだけに、疏抄を焼いたが、こんな荷物をかついで歩くのも大変なわけじゃ。お経と禪とは全然 別物で、そこがわかっただけでも、まずまず結構。

  【本則】龍潭、ちなみに徳山 請益(しんえき)して夜にいたる。

    潭云く「夜ふけぬ。なんじ何ぞ下り去らざる」

    山 ついに珍重(ちんちょう)して廉(れん)をかかげて出(い)ず。

    外面の黒きを見て却囘(きょうい)して云く「外面くらし」

    潭すなわち紙燭(ししょく)を点じて度與(どうよ)す。

    山 接せんと擬(ぎ)す。潭すなわち吹滅(すいめつ)す。

    山 ここにおいて忽然(こつぜん)として省(しょう)あり、

    すなわち作禮(さらい)す。

    潭 云く「なんじ、この何の道理をか見る」

    山 云く「それがし今日(こんにち)より去って

         天下の老和尚の舌頭(ぜっとう)を疑わず」

    明日にいたって龍潭 陞堂(しんどう)して云く、

   「このうち この漢あり。牙釼樹(げけんじゅ)の如く、口 血盆(けつぼん)に似たり。

    一棒に打てども頭(こうべ)を回(めぐ)らさず、

    他時異日(たじいじつ)孤峰頂上(こほうちょうじょう)に向かって、

    吾が道を立(り)っすることあらん。

    山ついに疏抄(しょしょう)を取って法堂前において、一炬火をもって

    提起して云く、諸(もろもろ)の玄辯(げんべん)を窮(きわ)むるも、

    一毫(いちごう)を太虚(たいきょ)におくが如く、

    世の枢機(すうき)をつくすも一滴を巨壑(きょがく)に投ずる似たりと。

    疏抄(しょしょう)をもってすなわち焼き、ここにおいて禮辞(らいじ)す。

 

素玄曰く 映画の殺陣(たて)・・コロリと死んでる。

【無門曰く】(この・・無門曰くと、頌に曰く・・は、どの則も意訳です)

徳山は龍潭に至るまで、学問知識の自慢でいっぱい。ZENの不立文字の意味すら、知識解釈で用足りると思い込んでいた。

行脚(あんぎゃ)の途中、茶店のヤリ手婆さんとの「點心(てんじん)問答」・・金剛経の一説「過去心、現在心、未来心、すべて不可得(ふかとく、あり得ない)のに、昼飯がわりの食事(點心、てんしん)、いったいどこに點ずるのか?答えられずに徳山の口は「への字」になってしまった。

この「ココロを点ずる」のはどこか・・道うて見せよ・・そうずればモチ代は無料にしてやる・・に答えられず、自慢の鼻をへし折られたが、コノコトを教えてくれた先生の居場所だけは突き止め、龍潭にたどりついた。

だが、まだ負けず口だけは達者だった。

「ナンダ・・ハロバロと辿り着いてみれば、龍が棲みつくような淵もなければ・・ただのチッポケな池があるだけじゃないか」

このように龍潭に参禅、問答した由来は、徳山にとっては大事かもしれないが、私やアナタにはどうでもよいこと。

龍潭は、多少、見どころのある徳山に・・妄想の火だね・・があることを見抜いて、夜更けの話の帰り際、明かりを吹き消す・・思い切りの冷や水を頭から浴びせたのである。徳山、省あり・・これは悟りではない。禅機に気づいた状態(知識を氷とすれば、心が自由に行動できる水の状態)で、これからコノコト(色即是空)を、生活の中に体験していく修養の始まりにすぎない・・ので、冷静に見れば、この公案・・一場のコントなのである。

   【無門曰く】徳山いまだ関を出でざる時、心墳墳(こころふんぷん)口悱悱(くちひひ)

    とくとくとして南方に来って、教外別伝の旨を滅却せんと要す。

    禮州(ほうしゅう)の路上にいたるにおよんで、

    婆子(ばす)に問うて點心(てんしん)を買わんとす。

    婆云く、大徳(だいとく)、車子(しゃし)の内(うち)是れ何の文字ぞ。

    山云く、金剛経の疏抄。

    婆云く、ただ経中に云うが如くなれば、

    過去心も不可得(ふかとく)、現在心も不可得、未来心も不可得と。

    大徳、那箇(なこ)の心をか點ぜんと要するや。

    徳山この一問を被って、直に得たり口扁擔(くちへんたん)に似たることを。

    しかも かくの如くなりといえども、あえて婆子の句下(くげ)に向かって死却せず。

    遂に婆子に問う、近所に何の宗師かある。

    婆云く、五里の外(ほか)に龍潭和尚あり。

    龍潭に到るにおよんで敗闕(はいけつ)をいれ盡(つく)す。

    いいつべし、是れ前言後語に応ぜずと。

    龍潭、おおいに児を憐れんで醜(みにく)きを覚えざるに似たり。

    他の些子(しゃし)の火種(かしゅ)あるを見て、郎忙(ろうぼう)して

    悪水(おすい)をもって驀頭(まくとう)に一澆(ぎょう)に澆殺(ぎょうさつ)す。

    冷地に看(み)きたらば、一場(いちじょう)の好笑(こうしょう)ならん。

 

【頌に曰く】百聞一見に如かず・・というが、一目見ただけでは、教外別伝(仏教のそと・・別の教え)は、簡単に納得できない。ではどうするか・・徳山は、鼻を捻じられることは防いだが、イキナリ眼をつぶされて、おかげで禪のことが少しわかったようだ。

    【頌に曰く】名を聞かんよりは面(おもて)を見んには如(し)かず。

    面を見んよりは 名を聞かんには如かず。

    しかも鼻腔(びくう)を救いうるといえども、

    いかんせん、眼晴(がんせい)を瞎却(かっきゃく)することを。 

 

【附記】

*徳山宣鑑(とくさんせんかん/蜀、四川省の禅者780~865)若くして、すでに一角の仏教学者であつた徳山(周金剛は、南方に「禅」という不立文字教が流行っていると伝聞して、悪魔の教えを破壊すべく、講釈用の金剛経を引っ担ぎ、蜀をでて南下。途中、禮州路で茶店の婆さんに「どこに点心するのか」と問われて、答えられず、手ひどくやり込められた。

そのあと、龍潭に尋ね、夜分に到る問答で、明かりを吹き消されて1本負け。自慢の金剛経を焼き捨てた・・話である。

龍潭を辞して、その足で潙山(いさん)霊祐(れいゆう)のところにやってきた問答は、碧巌録第4則「徳山 潙山に到る」で詳しく紹介します。

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