禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート 無門関NO29

愛は利己・・大慈は利他なり・・盤珪永琢(ばんけいようたく1622~1693 不生禅を提唱)

・・ナラバ禅行は・・?

無門関 非風非幡(ひふう ひはん)第二十九則

【本則】六祖 ちなみに・・風、刹幡(せつぱん)を颺(あ)ぐ、

    二僧あり、対論す。一(ひと)りは云く「幡(はた) 動く」と。

    一りは云く「風 動く」と。往復して かって理に契(かな)わず。

     祖云く、是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、

    仁者(じんしゃ)が心 動くと。

    二僧 悚然(しょうぜん)たり。

【本則】素玄居士 (原文のまま)

幡(はた)の動くのは、お前さんたちの心が動くのだ・・とは頗(すこぶ)る禅的だ。遉(さすが)に六祖じゃ。

大庾嶺(だいゆれい)の大将が、世の難を避けていたが、禅、興隆の時に臨(のぞ)み、山から下りた際の話である。

禪ではモノに即することなく、心は又その大敵じゃ。

風幡(ふうはん)に即せざるも、心が残っているから心で風も幡も動かしている、心に眼をつけて眼の敵(かたき)にするのじゃ。肚(はら)がドッシリと坐っていると心奴(め)動き出ぬ。

心がヒッ込んでいると禅機、活発じゃ。撃石火(げきせきか)閃電光(せんでんこう)の活作略(かつさりゃく)をする。

ここが禅の生々たる流露(りゅうろ)じゃ。

素玄云く 帝銀事件で予審判事と検事とが互いに不事実を強調している。言の長き事6尺、語軽きこと三斤。

【無門曰く】(この・・無門曰くと、頌に曰く・・は、どの則も意訳です)

風や幡や心に絡みつかれては、祖師(ZEN)は見えてこない。

では恵能の真意をどこでみるか。もしも、その真意を、はっきりと見るならば、二人の求道者は「鉄」を買って、それが「純金」だったことで、大儲けしたことになる。

六祖恵能は大変ご苦労なさった方なので、ツイツイ本音を漏らして、禅の大事を安売りしてしまった。

  【無門曰く】是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くに非ず、是れ心の動くに非ず。

   何のところにか祖師を見ん。

   もし、この者裏(しゃり)に向かって見得して親切ならば、

   まさに知る、二僧、鉄を買うて金を得たり。

   祖師は忍俊不禁(にんしゅんふきん)、

   一場(いちじょう)の漏逗(ろうとう)なることを。

 

【頌に曰く】風も幡も心も、全部、たった一つの判決文で、決済をすましてしまう。言葉や文字を追っかけていては、すべてが邪魔で災いのもとになる。

心が動く・・と言えば落語のオチとなろう。

   【頌に曰く】風幡心動(ふうぱんしんどう)一状に領過(りょうか)す。

    ただ口を開くことを知って、話堕(わだ)することを覚えず。

 

【附記】帝銀事件・・1948年1月、東京都豊島区の帝国銀行、椎名町支店に現れた男が、伝染病予防のためと言って青酸カリ溶液を飲ませ12名を毒殺。現金を奪った事件。

犯人とされた平沢貞道は犯行を否認、1955年死刑確定。

再審請求がなされて刑の執行がなされないまま1987年、95才獄死した。