禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

無門関 NO31 この飯は砂まじりだ!

禅のパスポート 無門関NO31  

サァテ・・婆さんから、掏り取った財布の中身、ナンボのものか・・当ててみなさい!

(スリの極意は、中身を抜いて空の財布を元にもどしておくソウナ・・)

 

 無門関 趙州勘婆(じょうしゅう かんば)第三十一則

    【本則】趙州、因(ちな)みに僧、婆子(ばし)に問う。

    臺山(たいざん)の路(みち)いずれの處にむかってか去る。

    婆云く、まくじきに去れ。僧わずかに行くこと三五歩。

    婆云く、好箇(こうこ)の師僧、また恁麽(いんも)にし去る。

    後に僧ありて州に挙示(こじ)す。

    州云く、待て、我去ってなんじがために、この婆子(ばし)を勘過(かんか)せん。

    明日すなわち去って、また かくのごとく問う。婆もまたかくのごとく答たう。

    州帰って、衆に謂(い)って曰く、

    臺山の婆子、我 なんじがために勘破(かんぱ)し了(おわ)れり。

【本則】素玄居士提唱 

趙州の弟子のどやつもが婆子にしてやられる。

学人修禅のためにも邪魔ものとでも思ったのか、趙州も八十からの老人のくせにノコノコ婆子の所まで出かけたのじゃ。

だが、その時の問答の様子は一般の僧の場合と同じで、その他のことについてはチットも書いてない。どんな具合にやったのか、わからぬが、これを書き落としとか読者の想像にまかせるなどと思ったら大間違いじゃ。かくの如く問い、かくの如く答えた以外にないのじゃ。

それなら、どこを勘破(かんぱ)したのじゃろうか。

あんまりアケスケに書いては修行を毒するようなもんじゃが、これも禅の大衆化でやむを得ないか。

いったい何度もクドクドしく云うが、禅では物事についてまわってはいけないのじゃ。禅には即することはないのじゃ。だから趙州はテンで初めから婆子を勘破する考えはない。勘破しようとしたらかえって婆子に勘破せられるだけじゃ。

好箇(こうこ)の師僧、また恁麽(いんも)にして去るじゃ。

早く既に勘破するの念なきが故に、すでに早く勘破し了(おわ)ったのじゃ。それならどう勘破したのじゃろうか。

ここでチョット五臺山のことを書いておく。これは碧巌集 文殊前後三三(三十五則)にある。無着(むちゃく)和尚が飄然(ひょうぜん)として、荒涼たる五臺山を旅行中、一寺院を訪ねて宿泊した。そして文殊が居て問答する。文殊は釈迦の弟子中、智慧第一と言われた人である。文殊、問うて曰く、南方の仏法如何か住持すと。着云う、末法の比丘(びく)少しく戒律を奉ず。珠また云う、多少の衆ぞ。着云う、あるいは三百、或いは五百。無着、文殊に問う、この間、如何か住持す。珠云う、凡聖同居し龍蛇混雑なり。着云う、多少の衆ぞ。珠云う、前三三後三三。翌日、無着 辞して寺を去る。均提童子(きんていどうじ)これを送る。着問う、是れ何の寺ぞ。童子、金剛の後面(山の寺)を指す。着、頭(こうべ)を回(めぐ)らせば、寺も童子も見えず、ただ是れ空谷(くうこく)なり・・云々(うんぬん)。このことは碧巌に、まだ二三のことも附記して、頗(すこぶ)る面白く書いてある。

この前三三後三三の公案は、禅機溌剌(はつらつ)で、この戯曲の作者は誰かわからないが、確(しっか)りとした禅者だ。禅境は別に是れ祖庭の春じゃ。

素玄居士曰く 双葉山 臺山に高きこと六八寸(18~24㎝)

   【無門曰く】婆子、ただ坐(い)ながら はかりごとを帷幄(いあく)に解(げ)して、

   要はかつ賊を著(つ)くることを知らず。

   趙州老人、よく営を盗み塞(さい)をおびやかすの機を用(もち)いて、

   また かつ大人(たいにん)の相なし。

   検点しもちきたれば、二(ふた)り ともに過(とが)あり。

   しばらく道(い)え、なりか是れ趙州、婆子を勘破する處。

【無門曰く】臺山への道を問う求道者の誰彼に、ただ真っ直ぐに行け・・の一点張りの茶店ばあさん。趙州に、正体を見破られ、完膚なきまでにシテヤラレタことを知らない。

趙州老師も、泥棒の本領を発揮してナントおとなげない、いたずら小僧のようだ。

趙州も婆さんも、ドッチモドッチだな。

さあ、この婆さんの大事な財布を掏り取った趙州。果たしてイクラの札束を手にしたか・・当ててみよ。

   【頌に曰く】問(もん)すでに一般。答(とう)もまた相似たり。

     飯裏(はんり)に砂あり、泥中(でいちゅう)に棘(いばら)あり。

【頌に曰く】問うも、答えもありふれてはいるが、この飯は砂まじりで喰えたものではない。泥の中に鋭いトゲがある。一筋縄ではイカナイぞ。