禅のパスポート

禅語録 無門関no解釈to意訳

禅のパスポート  無門関NO36

   無門関 路逢達道(ろほう たつどう)第三十六則

    【本則】五祖云く 

       路(みち)に達道の人に逢(あ)わば、

         語黙(ごもく)をもって對(たい)せざれ。

            しばらく云え、何をもってか對せん。

【本則】素玄提唱 達道というのは禅者だ。

禅者には禅機をもってせよじゃ。

禅機というとどんなことになるのかしらん。頭をさげてお辞儀をしたり、口の先で挨拶をしたりしても、禅者ならばそれでよし。

禅者でなければ禅機にならん。それだから指頭の禅でも通るし、未悟底なら喝しても役にも立たん。

公案は、どれもこれも落つれば同じで、書くこともすることも似たりよったりとなる。

素玄居士曰く・・片足を曲げて立つ

   【無門曰く】

    無門曰く もし者裏(しゃり)に向かって對得(たいとく)して親切ならば、

    妨(さまた)げず 慶快(けいかい)なることを。

    それ或いは いまだ然(しか)らずんば、

    また、すべからく一切處(いっさいじょ)に眼(まなこ)を著(つ)くべし。

【無門曰く】道で、根本智を明らめた人に遭遇したら、黙りこくって、語りも出来ず・・では、どうしようもない木偶(でく)の棒だぞ。

(10年20年・・修行坐禅に明け暮れたって、タクワン石の方が、よほどに形よく坐っているぞ)

独りポッチ(禅)に徹してご覧よ!

     【頌に曰く】路に達道の人に逢わば、語黙をもって對せず。

      攔腮(らんさい)劈面(へきめん)に拳(けん)す、

      直下(じきげ)に會(え)せば すなわち會せよ。

【頌に曰く】素玄云く 禅者に出会ったら、ものも言わずに、襟首つかんで、その顔、ヒッパタイテみよ。・・というのじゃ。

禅者面(ぜんじゃづら)していても未悟もあるからなあ。無門も頌を書くのに、だんだんうるさくなったので、ひとつピッシャリやったところじゃ。